Mini
Theater 5
〜ミッドナイト・ミニ劇場5〜
『サイドシートの影』
目が覚めたのか。
海まではもう少し時間がかかるぜ。
隣に気配を感じたような気がして、思わず声をかけてみた。
暗いサイドシートにふっと目をやると、そこには誰もいなかった。
あたりまえだ、あいつは、もういない。
わかりきったことを何度も何度も、自分に言い聞かせている。
いつも隣にあった存在を感じなくなって、どれくらいになるのだろう。
今でも時折、語りかけそうになる自分に気付いて、そのたびに黙り込んでしまう。
夜中に海を見に行こうといっては自分にハンドルを預け、助手席のシートにもたれて、いつの間にか眠ってしまっていた、見慣れた横顔を思い出す。
――潮騒が聞こえるようになったら、起こしてやるよ。
それが、自分のお決まりの台詞だった。
単調なエンジン音に混じって、どうどうと腹に染み込む振動が響いている。
それは遠い海鳴りのようにも、誰かの慟哭のようにも感じられた。
気を紛らせようと、カーラジオのスイッチを入れる。スピーカーから陽気な曲が流れ出し、暗く静かな車内が音楽で満たされた。
――あいつが、好きだったラジオ番組。
いつも助手席に座って、二人で聞いていた曲。センチメンタルなラブソング。
今は一人で耳を傾けている。
ハイウェイはまだ続く。等間隔に置かれた外灯は、だだっ広い道を照らしながら次々と目の前に現れ、背後へと流れて消えていった。遠く街の明かりが、醒めたイルミネーションのように滲んで煌いている。
まばゆい光も陽気な街の喧騒も、今の自分を受け入れてはくれない。あたりまえの日常からはみだしてしまった男は、どこに行っても異邦人でしかなかった。
DJがラジオから語りかけてきた。
誰もいない空間に向かって喋り続けるという、空虚な行為を繰り返している。
それでも彼らはいい。この声が誰かに――自分を必要としている人に、きっと届くのだと信じられるのだから。
自分の声はもう、相手には届かない。そう知っている人間はどうすればいいのだろう。
ハンドルを握りしめながら、煙草をくわえて火をつける。
吸い込んだ濃い紫煙が肺に染みたのだろうか、胸が痛んだような気がした。
いっそ胸を切り裂かれるほどの激痛であればよかった。転げ回って痛みにうめき続けたなら、自分がどれほど傷ついたか、自覚のしようもあったのだろう。
曖昧な痛みはいつまでもじくじくと不快な違和感だけを残す。膿んだまま、胸の奥を湿らせ続け、ふとした拍子に浮かび上がっては、ぬかるんだ痛みを感じさせた。
まるで、忘れることを許さぬと言っているかのように。
いったい自分はそんな痛みを、これまでにどれほど抱え込んで。
気付かぬふりをして、走り続けてきたのだろうか。
海が見えたら、起こしてやるよ。
口癖だったあの言葉を口にしていた時間が、あの柔らかい空間が、自分にとって何より安らげるひとときであったと、失ってから気がついた。
いつも自分は遅すぎる。手が届かなくなってから、初めて気がつくのだ。
ふと語りかけるサイドシートには、誰の姿もない。
――俺の影しか、映っていない。
* My Own Shadow *
original words written by Shogo Hamada
ちょっとしたリハビリで打っていた叙情的散文。
大好きな浜省の名曲をルパンワールド的に展開してみました。
もろちん、仮想空間(ミッドナイト)です…
さて…主人公が誰かというのも微妙なところですが、
助手席の相手も同性か異性か、生死すら曖昧な感じ…
たまにはそんな孤独感も、あっていいと思います。
06/07/24 K七雲