Mini Theater
   
〜ミッドナイト・ミニ劇場4〜

『黒ひげ』

 

アジトのどこからか、調子っ外れな鼻唄が聞こえてきた。

キッチンで熱いコーヒーを入れ、居間に入ってきたルパンは思わず廊下のほうに目をやり、ソファに腰を下ろして日本茶をすすっていた五右衛門も、渋味に細めていた目をぱっちりと開いた。
ルパンがつけたテレビから流れている歌ではない。どうやら洗面所の方から聞こえているようだ。
ルパンと五右衛門は顔を見合わせた。
「……あれ、次元が歌ってんのか?」
「……の、ようであるな」
帽子の洗濯でもしているのだろうか。あまり天気はよくないようであるが。
二人は恐る恐る洗面所に向かった。

扉の影から中を覗いてみると、洗面台の大きな鏡の前に立った次元が、ご機嫌な様子で顎髭の手入れをしているところだった。帽子を脱ぎ、櫛とカット鋏を両手に持って、器用に動かして長さを揃えているらしい。こめかみから顎に向かって、細い顔の輪郭を強調する黒い髭は、見た目よりずっと丁寧に手入れされているのだ。

「……あのー、次元さん?」
ルパンがそっと声をかけると、髭を当たっていた次元は振り返った。
「えらいご機嫌でござぁますけど、ナンかいいことでもありましたのけ?」
慇懃に尋ねるルパンに、次元はニッと笑った。
「おうよ。久し振りに日本に来たからな」
ルパンと五右衛門はまた目線を交し合う。日本に来たのがそれほど嬉しかったのだろうか?

次元は髭剃りとカット用具を片付けて、愛用の皮の帽子をかぶりなおした。鏡を見ながら角度を調整している。
「何しろ、ついに俺の時代が来たって感じだからなぁ」
「お前ぇの時代って、なーんだそりゃ」
重ねて問うルパンにくるりと向き直ると、次元は自分の顎鬚をチョイチョイと撫でた。
「この髭よ。ついに日本人にもこのスタイルのよさがわかってきたようだぜ」
「はぁ……」
「髭剃りにも気合いが入るってもんだろ!」
「……」
わかったようなわからないような顔をしながら、ルパンはそれ以上質問を続けることを諦めた。

居間へと戻ってくると、五右衛門が何かに気付いたように、ルパンの上着のすそを引っ張った。
「ルパン、あれのことではないのか」
見ると、つけっ放しだったテレビには、いまどきの日本の若者たちが映っていた。
彼らがそれぞれに蓄えている髭の様子を見て、ルパンはなるほどと思う。
何人かは、顎のあたりだけにぱさぱさと髭を伸ばしている。ちょうど顎下の部分だけに、申し訳程度に密生させた顎鬚だ。
これがちょっと発展すると、顎の下に生え揃った髭が、顎のラインからモミアゲまで続いている。顔の下半分を髭が黒く縁取っている格好になるわけだ。
日本人であるからして、どの若者もそう黒々とした、立派な濃い髭ではない。それはまだ薄く、途切れ途切れで、無精髭に毛が生えた程度に過ぎなかったが――。
そんな若者たちがタレントであったり、街のあちこちでインタビューに答えていたりして、テレビ画面に登場しているのであった。

「……確かに次元髭のスタイルだな」
しぱらくテレビ画面を眺めていたルパンは、納得して呟いた。どうやら日本では今、こういった髭の生やし方が流行らしい。
「鼻の下にチョビ髭は流行ではないということか」
「そうだなぁ。ロマンスグレーになったら、そういう髭も似合うんでないの?」
五右衛門とそんな会話を交わしていると、次元が部屋に入ってきた。
「な? 今回日本に来て、俺と同じ髭スタイルを見た日にゃ、嬉しかったねぇ。
今まで変な髭の形だの独特だのと散々言われてきたが、30年間、この髭で押し通してきた甲斐があったぜ。ようやく俺の髭が見直される時代が来たってことさ」
ルパンが座っているソファの背もたれに肘をついて、次元は言った。ルパンはぐるりと彼を見上げる。
「……まぁな。ダリが生涯、あの髭を誰にも真似されなかったことを考えりゃ、お前が生きてるうちにそのスタイルがトレンドになったのは幸運だったんだろうよ」
「だろ?」
にぱっと笑って、次元はまた鼻唄を歌いながら、向こうの部屋へと消えていった。

ルパンはその後姿を見送りながら、五右衛門に話し掛けた。
「……しかし、言ってやるべきかね? 流行るってことは、じきに廃れるってこと」
「盛者必衰は世の理。無常じゃな」
五右衛門が淡々と答える。ルパンは少しだけ肩をすくめてみせた。
……まぁ、最初から時代の流れを無視して生きている男であるからして、流行ろうが廃れようが、次元の髭スタイルに今後、変化があることはないのだろう。
むしろ、時代遅れになっても頑固にあのままでいることの方が、次元には似合っているような気がするわけだが。

「ま、次に日本に帰ってくる頃にゃ、忘れてるでショ」
日本の若者も、次元自身も。
そう呟いて、ルパンは冷めてしまったコーヒーを一口、啜ったのだった。

 

                    <完>

 


いや…ちょっと前までは顎下だけのお髭さんの若い男性が多かったのに、
最近、顎下のお髭がつつーっと輪郭ぞいにモミアゲまで
上がってきてませんかトレンディ?
「次元髭ねっ!v」と、一人でひそかに思っているK。
おそらく誰も次元髭のつもりで伸ばしているわけではなかろうが…^ ^ ;
(でもいいの。次元髭はマイナー好みだからv)

語ろうかと思いつつ、語るほどでもないので、小話にしてみる(笑)。
やっぱりルパンが作者視点で、ちょっとオカシイですが、見逃してください…

06/03/18  K七雲

 

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