■怒涛の「NIGHT HEAD」考察 その1
霧原直也の超能力について。
霧原直也はリーディング能力を持つ超能力者だ。
リーディングというのは、一種のテレパシーで、相手に触れるとその人の考えていることや記憶がすべて読み取れてしまう。接触しなければほとんど問題はないが、体の一部に触れたり、持ち物に触ったりしてしまうと、相手の本音や隠している秘密を一瞬で知ってしまう能力だ。勝手に相手の思考が流れ込んでくるので、まったく、知りたくなかろうがどうしようが、否応なしに押し付けられる一方的な能力だとも言える。
直也は幼い頃から他人のドロドロした嫌な感情とかを全部受け取ってしまい、その度にショックを受けるので、他人との接触を怖がる内気な青年になっている。火傷した後は、火にかけてある薬缶に触ることに恐怖を覚えるようなものだ。いつしか親ですら彼に触るのを避けるようになり、直也が触っても平気なのは兄の直人だけ、ということになってしまった。
他人に接触しないで暮らすというのはなかなか大変なことだ。病気になっても医者にかかれないし、美容院にも行けやしない。当然、恋人なんて作れようはずもない。
困ったことに、人間が隠す感情は多くの場合、マイナスの感情だから、社会生活を送る上で実はそれほど役に立つ力ではない。他人の感情の機微に敏感であればうまく立ち回れるとか、そういうレベルの話ではないのである。
直也自身は、人のプライバシーがわかってもむやみに口にしない人間なのだけれど、とても優しくて繊細な性質のため、マイナスの感情を受け取るとショックが激しくて、死んじゃうんじゃないかと見ているこちらが心配になってくる。
もちろん、心を読まれる方だって、無傷ではすまない。
人間、知られていい感情は表に出しているけれど、裏に隠した感情は、知られちゃ困ることだから隠しているものだ。人の悪口や、他人を妬んだり羨んだり蔑んだりする感情。時には殺意を抱いていたり、実際に犯した罪を隠していたり、そういう醜い自分も丸抱えで生きている。自分を一番知っているのは自分だから、そんな感情を悟られることに恐怖を感じる人は多いだろう。直也の能力を知っている者は、たいてい彼に触ることを畏怖する。
私自身はとても単純な人間なので、感情を隠すことが苦手だし、人に読まれて困る感情があるかなぁ…と考えてみてもあまり思いつかない。本音がオープンなのって、社会的にはイロイロ不便で、無駄な摩擦を引き起こしてしまうのだけど、これはもう性格だからしょうがないと諦めてもいる。だから、直也のような能力を持っている人が身近にいたとしても、実はそれほど怖いとは思わない気がする。(まぁ、仕事上の取引相手だとちょっと問題があるかもしれないが… ^ ^ ;)
けれども世の中の人間のすべてが、自分ほど単純な精神構造をしているわけではない。表と裏の顔があり、本音と建前を使い分け、嫌いな人間にも愛想良くして、時には良心に反してちょっとズルをしたり適当に言い逃れたりすることだってあるだろう。それが激しい人ほど、本音を読まれたりすることを嫌がるんだろう、という気がする。
単純な本音ばかりではなく、直也のリーディングは時に深層心理まで引きずり出してくるから、自分も知らなかった醜い自分を突きつけられることすらある。自分には読まれて困ることなんてないよ、という人間も、醜い部分を持った自分を直也に知られるのだということと、そんな自分の本性を認めて、受け入れる覚悟が必要だろう。
一見、相当な人格がなければ直也と接触するのは困難なようにも思えるが、実はそうでもない。
直也の一番身近にいる直人兄さんは、感情の起伏が激しく、プライドが高かったり劣等感がいっぱいあったり、人を憎んだりと人間的にはとても未熟なのだけど、そういう自分を弟の直也の前では隠そうともしない。まぁ、隠しても無駄なんだけどね;
でも、そういう自分をすべてさらけ出す勇気がなければ直也と接することはできないし、現に直人はそうしている。直人自身も繊細でありながら、とても強いんだろうなぁ…と、思うのである。