脅威のパワーアップ・続編集 ![]()
プロジェクトA2/史上最大の標的 酔拳2
数多くのジャッキー映画の中で、シリーズ物や続編という作品もそれほど少なくはない。
「脅威のパワーアップ」 と銘打つ続編集なら、本当はポリス・ストーリーの 『2』 や 『3』 も 『プロジェクト・イーグル』 もこのカテゴリに分けなければいけないわけだが、先にシリーズものとしてまとめられるものをまとめた結果、なんとなく残ってしまったのがここに挙げる 『プロジェクトA2』 や 『酔拳2』 などになるわけだ。これは前作がそれぞれ、ジャッキーの大きな転換期となる作品であったから、ジャッキー映画を古い順番から追いかけて並べていくと、同じカテゴリに収められなかったというのが正直なところである。
個人的な意見として、続編というものが前作の人気や認知度をベースにしているという性質上、これを完全に越える作品にすることはまず不可能だと思っている。製作側もファン側も、最初からハードルをぐんと高くしてその作品と向き合うことになるから、本当はとても困難な挑戦なのだ。だから続編としての成功の可否は、「続編」と謳った期待にどこまでこたえられたか、という部分で判断するしかない。これは興行成績や世間一般の辛口批評などとは関係なく、ファンそれぞれが自分の感性で結論を出していくものだろう。
しかし一方、残念なことに、こうした作品が続編としての評価だけで終結してしまうことも少なくないのではないかと思う。前作との比較ばかりがクローズアップされ、単独の作品として見た場合の評価はほとんどなされない。最初から前作に挑戦する形で製作したパート2作品である以上は、避けられない宿命なのかもしれないが。
可能であれば、K自身はこれらを「前作の続編」という比較視点だけではなく、独立したひとつの映画として、それぞれの魅力を探っていければいいと思っているものである。
『プロジェクトA2/史上最大の標的』 (1987)
さて、名作 『プロジェクトA』 の続編の登場だ。
まずはあらすじ。この物語は結構複雑なので、自分の理解度を深める意味も兼ねて、少し詳しく書いてみよう。
警察の特権を乱用して治安を維持しないチン署長(デビッド・ラム)。警察上層部は彼の職権を縮小しようと、管轄の一部を分割し、海上警察で海賊退治をして名を馳せた馬如龍(ドラゴン=ジャッキー)を新署長に任命した。早速改革にとりかかったドラゴンは、警察内部に横行する賄賂や不正を正すべく奮闘。西環(サイワン)地区の悪の親玉、タイガーを逮捕するなど、改革は着実に進み始めた。
しかし、これを快く思わないチン署長は、香港にきて資金調達をしていた清朝打倒の革命派グループに、ドラゴンを陥れるよう依頼する。革命派グループは香港総督の屋敷で行われていたパーティで、ダイヤの首飾りを盗んだとみせかけ、屋敷の警護にあたっていたドラゴンを犯人に仕立て上げた。
さらにチンは刑務所の所長に命じ、逮捕したドラゴンの暗殺を計った。間一髪のところを革命派グループに助けられ、ドラゴンは彼らに対して理解を示す。しかしその時、チンは清朝から革命弾圧のために仕向けられた使者たちと手を組み、革命派グループを捕らえようと動き出していた。
再び捕らえられたドラゴンは、革命軍を助けて脱出、彼らから託された支援者たちの名簿を守って清朝の弾圧使者たちを相手に、懸命に闘う。しかし、絶体絶命の危機に陥った時、彼の前に姿を現したのは、以前に壊滅させた海賊たちの生き残りだった……
大体、こんな感じである。続編とは言え、前作との繋がりはあまり感じない。前作の立役者とも言えるサモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウが出演していないせいもあって、物語の方向を思いきり違う形に変えていこうとしたようだ。サモハンたちは別映画の撮影で忙しく、こっちの映画制作のスケジュールと合わなかったらしい…
二人がいない分、ジャッキーも気合を入れて作ったと思われ、ゲスト陣は豪華だし、セットも物語もスケールアップ、アクションもカメラワークも非常に凝っていて、とにかくまぁすごい。物語のまとまりのよさ、アクションの質の高さなど、まさにジャッキーの脂が乗り切った時期の傑作というにふさわしい一品である。
それなのに…どうしてなんだろうなー、ファンの間でも話題に上ることが少ないと言うか、どことなく印象が薄いのだ。一つ一つのシーンはとても記憶に残っていて、間違いなく面白いのに、「ジャッキー作品ならこれ!」と名前を上げる時にポンと上がってこない。どこがどう悪いと言うのでもない。人によっては「やはりサモハンたちが出ていないから」という評価もするし、確かに「プロAパート2」という位置づけでなければ、もう少し違う印象を受ける映画なのかもしれない。しかし、これだけ独立した物語で、それだけが理由でもない気がするのだが…。
ちょっとひとつずつ見てみようか。
序盤はサイワンに赴任したドラゴンが、悪党と馴れ合い、全くやる気のない警察官たちを更生させるべく奮闘する。前作からの部下である火星(マース)や太保(タイポー)も一緒に異動していて、ドラゴンと共にタイガーのいるホテルへ殴りこみをかける。この辺りはわりと前作の流れに近く、ホテルでの戦闘や海上警察が助けにくるところなどもシンプルな展開でいい。この時、タイガー一味を相手にしたドラゴンは結構苦戦していて、「ジャッキー、なんでこんなにやられてるの?」とハラハラしてしまうのだが、敵方がかなり強い設定ということでいいのかな。素人目には、一人対多勢のため、相手が特別強そうな感じはしないんだけど。(でもスタントはすごい。ジャッキーの階段転がり落ちシーンはもちろん、タイポーのやられ方とかタイガーの二階からの落下シーンとか)
この警察内部の改革が一段落すると、中盤はごちゃっとした人間関係と複雑なストーリー展開だ。場面は大きく分けて3つ、総督邸のパーティでのダイヤ盗難事件、マギー・チャン邸での入れ替わり立ち替わりの隠れんぼ合戦、ドラゴンとチン署長が手錠で繋がれたまま海賊たちから逃げ回る珍逃走の一幕、というところだろう。どれも秀逸なエピソードで、とても面白い。
ちなみにKは革命とか、転換期の歴史小説などはすごく好きなので、この映画の題材にはけっこう興味を惹かれる。大陸での清朝と革命軍の争いは純粋に当事者たちの革命活動なのだけど、イギリス領である香港の立ち位置とか、個人たちの関わりや心理など、実際はどうだったのだろうか?と知的好奇心をそそられる。
さらに、登場人物がたくさん出てくる推理小説なんかも好き。それぞれの人物が思惑を持って活動し、それが次々に重なって事件になっていく…なんて展開、好きだなぁ。この映画はまさにそういった類の物語で、かなり多くの登場人物や事情が絡み、きちんと描き分けもできている。これだけ複雑な人間関係をうまく処理しているレベルの高さは十分評価に値するが、それでも多すぎたんだろうなぁ……時々、「あの人は何処に行ったんだっけ?」「この人は何処まで知っているんだっけ?」と混乱してしまう。
ダイヤ泥棒をする革命グループひとつとってみても、
・男1、宝石泥棒実行犯。香港に来た革命派のリーダー的存在
・女1、宝石泥棒時には総督をひきつけ、盗んだものを隠す役割
・女2、宝石泥棒時には総督の娘の部屋から男1を呼び込む役。
ついでにドラゴンの衣服にダイヤを忍び込ませて濡れ衣を着せた実行犯。
・女3、女2の従妹、女2をパーティに連れてきたが、宝石泥棒の計画は知らなかった。男1を見てびっくりする。
なんて、さまざまな役割がある。こうして整理してみると、とりあえず女3人もいらないっていうか、2人で十分なんだけど。(ついでに総督はイギリス人ぽいので、その娘も金髪白人にしておくとわかりやすくてよかったかも)
こういう、それぞれの立場や知識をふまえて交錯させ、ひとつの物語を作るのは実際、なかなか難しい。うーん、よく練られているなぁ、と率直に感心する。パーティでのダンスシーンで、4組のカップルが次々に踊りながら会話を交わしていくカメラワークなんかも上手いと思うし、これがそのまま、翌日のトン司令官(トン・ピョウ)やチン署長がサンサン(マギー・チャン)の家へ次々に押しかけてくる伏線になっていく流れも自然で効率的だ。
マギーの家での4重にも5重にもなるドタバタ隠れんぼは爆笑もので、もうこういうの、大好き!(爆) ジャッキーはもちろんなんだけど、マギーがいちいち「誰が誰から隠れたい」の意向に協力してワタワタしているのがとても可愛い。トン・ピョウの惚けた味のある演技も魅力的で、ドリフのコントと同じなんだよね、「あーっ、そこにもいるって! 後ろ後ろー!」って(笑)。元々ジャッキーはこういうごちゃごちゃした人間模様をコミカルに描くのが巧いのだけど、その集大成と言ってもいいほど、複雑な関係をよく整理して、わかりやすく見せている場面だと思う。
あと、チン署長と手錠で繋がれて2人で逃げ回るのも小気味のいい笑えるアクション場面だ。全然息が合ってなくて、ドラゴンが上から行けばチンは下から逃げてるし、窓によじ登ればぶら下がって引っかかってるし、って感じで、「こんな鈍い山東人は初めて見た」とドラゴンがボヤくのもわかるわかる(笑)。 これでちょっとチン署長にも親しみが湧くのだが、その後、すぐに冷徹にドラゴンを殺そうとしているのが残念。彼は物語を通じて本来の悪役なので、せっかくコメディな部分で感じた親近感が吹き飛んでしまうのである。
ちなみにドラゴンが刑務所の所長に暗殺されそうになる場面には、「幻の日本公開前の試写バージョン」というのがあったらしい。最初はドラゴンは刑務所に入れられ、所長の陰謀で死刑囚とすり替えられて銃殺されそうになり、刑務所に潜入した革命派のメンバーに助けられるというエピソードだったそうな。それを日本の試写会で流した後、ジャッキーはその部分を丸ごと削って、急遽、ラストのアクションを増やしたらしい。なので、本編は刑務所に行く途中で袋詰めにされ、川(海?)に放り込まれるという、簡単な暗殺方法で終わっているのだった。
ともかく、革命グループに助けられたドラゴン。このグループにはお馴染みのロザムンド・クアンなんかがいるのだが、最初の登場シーンあたりの「男装の麗人」という風情の髪型や衣装がメチャクチャ好きvv ドレスを着ると色っぽいし、物腰は柔らかいのに、最後の逃亡シーンなどで見せた凛とした気概なんかも、マギー・チャンとは異なる大人の女性の魅力を魅せてくれる( ^ ^ )
彼らはドラゴンの人柄を見込んで革命に参加しないかと誘うが、ドラゴンは一介の警察官としての責務を果たしたいだけだと答える。このシーン、「なんだかジャッキーも大人になったなぁ」という印象がある。
『酔拳』 の頃はやんちゃな若者で、善悪の観念というよりはあだ討ちとか、両親や師匠の敵討ちといった個人的な事情が敵味方を区別していた部分があったが、 『プロA』 の頃から社会正義という形に変貌し始めた。 『プロA』 や 『ポリ・スト』 あたりだと熱血過ぎて警察の組織からもはみ出して暴走してしまうところがあったのだが、さすがに警察署長ともなるとちゃんと警察官の枠に収まっている感じがする。(盗難事件で逮捕されてるけど;)
どちらがいいということではないのだが、この時期のジャッキーがある意味、「子供たちのお手本になるような、正義感を持ったヒーロー」を役の上でも演じていたのは確かだろう。元々、彼はスターとしての自覚がしっかりしていて、ファンへの態度なども礼儀正しいとの評判をよく聞くのだけど、この頃は自分の社会的な役割というか、社会への影響力も意識していた部分があるような気がする。
Kはすっかり世に擦れた人間なので、今となっては公明正大なキャラクターよりは 『サンダーアーム』 のような、クールだったり悪ぶってたりするくらいの、ちょっと癖のあるキャラの方が好きかなと思うが、実際、当時は香港も中国返還前で、民衆がナーバスになりやすい社会的背景も影響していたのだろうと思ったりするのだった。
で、革命党員たちと握手を交わして別れるも、直後に清朝の刺客がチン署長と手を組んでアジトになだれ込んできた。彼らは捕らえられ、ドラゴンは醤油作りの釜の中に落とされて殺されそうになる。…えげつない殺害方法だが、どうやって撮影したのか興味深いシーンだ。緊迫感のあるカメラワークなどなかなかうまい。
一方、革命派グループは清朝の連中に大陸へ送還されることになったが、なんと、一人ずつ木箱に入れられているのだ。「オイオイ、生きたまま箱詰めして送るの!?」とビックリしたよ……さすが、コンテナに箱詰めされて密入国してくる人々だけある……文化の違いなんかなぁ;;
なんとか危機を脱したドラゴンは、箱詰めされそうな人々を助け出し、共に逃げ出す。ここからラストまで一気になだれ込むアクションは、時間もたっぷりで、かなり手が込んでいる。女性陣の身体をはったアクションなんかも見ものだし、ジャッキーも長ーい梯子を滑り降りたり、鳥小屋で格闘したり、風羽機(?)の中を回転して回ったり、竹組みの上から真剣落下したり、なんかもういろんなことをしてるので書ききれませんが(苦笑)。
考えてみると、革命グループとはほとんど関係がないし、彼らの名簿を守ることは警察官の職務でもなんでもないのに、一人で頑張って命がけで闘うドラゴンって…( ^ ^;)
最後は警官隊が駆けつけ、一人逃げようとしたチン署長の頭の上に巨大な板壁を倒壊させて倒してしまった。ついでに自分の上にも落ちてきたけど、これはバスター・キートンばりの運のよさで切り抜けたのだった。
いや、ほんとに文句なしに面白かったんですよ。
こんなに面白いのに、どうして映画全体の印象が強烈でないのか、という最初の不思議に戻って考えてみるのだが。
うーん、改めて見て感じたことは、「とにかく全部が全力投球」ってところかな。
息を抜くところがないんですよ。物語もアクションも登場人物も、とにかく全部が精巧で作りこまれてて、手を抜いてない。そこが逆に複雑になり過ぎてて、わずかにバランスを欠いていたような気がする。とてもよくできているし、間違いなく傑作なのに、見終わった後、単純に「面白かった!」という感想に直結しなかったのかもしれない。
……ちょっとジャッキー、頑張りすぎちゃいましたか。
例えば人間関係が複雑でごちゃごちゃしているアクション映画は、その分、ストーリーはシンプルなんだよね。全員の目的が結局同じお宝を探してたりとか。逆に、物語が複雑なサスペンスものなら、物語の過程で次第に読み解かれ、最後のアクションなんかはいたってシンプルだ。誰かが殺される、助けに駆けつけるが間に合うか!?みたいな。
これが、物語も人間関係も複雑で、アクションの複雑さは言うに及ばず。ジャッキー、実はすごい離れ業をやっているんだけど、これが次から次からまたその次へと畳みかけるようになっていて、「凄い!」とびっくりする余裕がないって言うかなんていうか。この頃の日本のジャッキーファンはジャッキーの動きに充分慣れていて、めまぐるしいテンポにもついていけたはずだけど、それでもジャッキーの動きが速すぎます; スロー再生しても、画像が全部ブレてるもん(苦笑)。どれだけジャッキーの動きが速かったかということだろう。(この動きを緩急つけながら演出し、懲りすぎないカメラワークでわかりやすく見せきる編集手腕もたいしたものだけど)
やはり物事はバランスが大事だということなんだろう。ガーッと押したらいったん退く、どこかが複雑なら、観客はそこを理解するのに集中しているから、こっちの方は思いっきりシンプルにしておく。もちろん、この映画はシリアスとコメディのバランスなんかはとてもいいんだけど、シリアスもコメディもかなり入り組んでて見せ場がいっぱいありすぎて、全部がメインディッシュだ。それが結局、映画全体の調和をほんの少し、乱してしまい、なんとなくぼやけた印象になってしまったのかもしれない。
すべてがよくできたものであるだけに、少しばかり残念な気がしてしまうのである。
おまけの話。本作のラスト、壁がジャッキーの上に倒れ掛かってくるシーンが、彼が敬愛するバスター・キートンの 『キートンの蒸気船』 へのオマージュであることはよく知られている。キートン映画も最近、いくつか見たのだが、この 『キートンの蒸気船』 はかなりオススメ作品である。嵐の中で家が飛ぶ、木が飛ぶ、人が飛ぶ(爆)。キートンの驚異的な瞬発力とか運動神経や、どこまで運がいいのかとあきれるほどの抜群のバランス感覚で乗り切ってしまうシーンは本当に凄い。ついでに 『プロジェクト・イーグル』 のラストバトルで、ジャッキーが大型送風機の中で空を飛んでいた原型も見ることができる(笑)。
人間てすごいことができるんだよね…キートンも実際、もう少し評価されなおしてもいい映画人の一人じゃないのだろうか、と最近になって思ったりするのだった。
『酔拳2』 (1995)
名作 『酔拳』 の15年ぶりの続編ということで、古くからのクンフーファンの間では話題になった本作。前作の 『酔拳』 とどう繋がりがあるのかはよくわからないが、とりあえず主役は前作と同じく、黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)である。妥当に考えると、前作で酔拳を習得した彼のその後、というところなのだろうが、個人的には「1」と同一人物には思えないので、まったく別バージョンの「酔拳」と考えた方がしっくりくるかなーなんて思っている。
ジャッキー映画としては、久々、本格的な時代劇兼カンフー映画だ。現代アクション映画と違い、カンフー映画にはあまりストーリーは関係ない。ただひたすらカンフーである。それ自体は特筆すべき凄さで、スピードも破壊力も見事にパワーアップしている。純粋なカンフー映画から遠ざかっていても、ジャッキーのカンフーは間違いなく進化してきたんだと実感してしまうね。15年の重みというか、一挙に空白の期間を飛び越えてなお、彼が現役のカンフーアクション・スターなんだと、心から賞賛したい気分にさせてくれる。
今回の物語は、中国の国宝を不正な手段で海外へ持ち出そうとする英国人たちを相手に闘うというもの。…あらすじはそれだけ。物語云々は語るもヤボってものだけど、一応評価しておくと、ストーリー面の出来はあまりよろしくありません(爆)。
冒頭は、父と漢方薬の仕入れに出かけた飛鴻(ジャッキー)が、帰りの列車で税金逃れに薬用人参を隠したことが元で、英国人の荷物(盗品の印鑑)と入れ替わってしまうというものだ。キーキャラとなるフク・マンケイ(ラウ・カーリョン)や、ゲスト出演のアンディ・ラウなども登場してくるが、その後の前半の展開は、薬用人参をなくしたことによるドタバタの日常に終始している。
前半、やたらと目立っているのがアニタ・ムイ扮する飛鴻の母だろう。この映画は彼女の活躍なくしては語れない。ジャッキー映画に母親が登場するのは非常に珍しく、父や妹がいても母不在の家庭環境が当たり前なのだが、まぁそれはジャッキーに限ったことではなく、カンフー映画の伝統ともいえる。ちょうどこの90年代前半、方世玉シリーズなどでカンフー映画にパワフルで破天荒な母親が登場し、母子の関係を描くのが一種のブームだったのかも。(ちなみにジャッキーの母親が登場するのは、他に 『80デイズ』 など)
『奇蹟』 『レッド・ブロンクス』 などでジャッキーと共演してきた彼女だが、この作品が一番面白い。飛鴻の母にしては若過ぎるせいか、継母という設定であるとも聞く。…映画の中ではそんな話題はないのだが、飛鴻の母親の呼び方が広東語で継母という意味なのかな…(阿媽ではなくサイマ、と呼びかけている)。まぁともかく、飛鴻と仲がよくて友達感覚の親子であり、「私が許すからやっちゃえー!」と調子よくけしかければ、息子も息子で調子に乗ってやらかしてしまう。父親のケイイン(ティ・ロン)は厳格で真面目一筋な気質のため、飛鴻のいい加減な性格にとても厳しく、ケンカはご法度、酔拳の使用も禁じているのだが、妻であるアニタには甘いので、飛鴻が怒られているとアニタがいつも助け舟を出してくれるのだった。旦那の目を盗んで主婦仲間とマージャンをしていたり、誰彼構わずケンカをふっかけたりと、この映画の中では好き放題に暴れているアニタ母、どう考えても飛鴻は父親よりこっちの母親の気質に似ているんだけど…血の繋がりはないのかなぁ…?
ラウ・カーリョン扮するマンケイにカンフーを挑んでいくシーンは、ごく短いながらなかなかキマっていて、実はこれまでただのお笑い担当くらいにしか思っていなかったけど、この作品を見て彼女が好きになった。残念ながら早世されたそうで、この場を借りてご冥福をお祈りいたします。
で、この母と名コンビの飛鴻はといえば、全体的に頭の悪いボンクラっぽいキャラクターであるのが残念だ。最初にマンケイを追いかけていって一戦交えていく下りなど、生意気で血気盛んな若者というよりは、短絡的でいかにも機転のきかなさそうなタイプで、もう少し戦う理由に必然性などが欲しいなぁ…と思う。
酔っ払って大暴れした挙句、結局薬用人参のこともすべてバレてしまい、父親に勘当されてしまった飛鴻。思わず父親を殴ってしまい、そんな自分にショックを受けて呆然とする。こういう、父親に逆らっちゃいけない、家長に絶対服従という感覚は儒教的だ。またティ・ロンが、 『男たちの挽歌』 の頃から思っていたが、子犬みたいにつぶらな瞳をしている(笑)。黒目が大きくてちょっと涙目なので、いつも目がウルウルしていて泣きそうな顔に見えてしまうんだよなぁ。そんな目で「勘当だッ!」と言われたら、飛鴻も気の毒だけど父ちゃんも可哀想になってくるじゃないか〜。
まぁそんなこんなで反省した飛鴻は、しばらく自粛。そこへマンケイが訪ねてきて、薬用人参と間違えて持ち帰った印鑑がかつての中国皇帝の玉璽で、イギリス大使たちが不正に持ち出そうとしていることを説明する。マンケイに中国至宝の大切さを説かれた飛鴻や友人たちは、この後マンケイを殺害して玉璽を奪った男たちに、中国人の誇りをかけて戦いを挑むことになるのだ。
しかし、ここから終盤へ向けての展開が非常にマズイ。国宝を奪い返すためにイギリス大使館に忍び込んで捕まって、リンチ受けて…という、いきなり取ってつけたような話に変わってしまうのだ。物語も1時間以上経過して、今からその展開なの!? と言いたくなるような方向転換で、しかも性急すぎる説明描写に見ている方がついていけなくなってしまう。
本作の監督を務めたラウ・カーリョンは、カンフー俳優・監督としては名の知れた人である。カンフー映画の大御所を監督に迎えたジャッキーの、この作品にかける情熱も相当だったと推測されるが、製作現場ではいろいろ意見の衝突があったらしい。お互い、カンフーの演出については譲れないものがあったのだろう。結局、カーリョンは途中で降板してしまい、終盤は監督不在の状況となってしまった。マンケイの死と同時に物語の雰囲気がガラリと変わったところを見ると、カーリョンが監督を降りたのがちょうどこの時期だったんだろうね。ラストに向けてムリヤリ話を繋げたような印象で、製作側の混乱が見てとれる![]()
大使館へ忍びこんでいく場面自体は興味深く、別の映画でちゃんと作ればとても面白そうだと思うが、いかんせん、これまでののんびりした物語とは合致していない。これなら前半のどうでもいい部分を大幅に削って、もっときちんとしたシナリオで映画全体をその方向で作っていけば、中身の濃い作品に仕上がったのではないだろうか。
とはいえ、監督が代わらなければよかったのかと言うと、これも判断が難しい。その後ラウ・カーリョン自身が監督・主演した 『超酔拳』 を見てみたのだが、本作と同じような間延びした内容の薄い物語で、カーリョン監督の物語面でのセンスは今ひとつなのではないか…と・密かに思っている; 奔放で元気のいい母ちゃんや、主人公(この場合はウー・ジン)たちが能天気で明るくて、残念ながら底の浅い軽さしか感じられない物語やキャラクターは 『酔拳2』 によく似ていた。ジャッキー飛鴻のパカっぽさはカーリョン監督のキャラ造詣の浅さにあったのか…と、思ってしまったことであるよ。
(※『超酔拳』 は 『酔拳2』 で途中降板したカーリョン監督が、本当に表現したかった酔拳を演出した作品と考えられる。ちなみに 『酔拳3』 という作品の監督でもあるが、こちらは名目だけでほとんど監督していないらしい)
もちろん、カーリョン監督のカンフーの演出自体はすごいと思う。 『酔拳2』 の監督名義がカーリョンのまま、彼が製作した大部分が残っているのは、それはそれで価値があるのだろう。特に、マンケイと飛鴻の二人で大人数を相手にした乱闘シーンは圧巻の一言だ。たった二人で、次々に襲いかかる手斧部隊をなぎ倒していく。集団乱闘はジャッキーもお手のものなのだけど、これはジャッキー的な演出ではないようで、カーリョンの手腕だと思う。いくら飛鴻やマンケイが強くても、こんな大勢の敵に囲まれていては絶対逃げられない!と思ってしまうのだが、割れた竹をうまく使って群れる敵を散らかしていくのだ。イヤイヤ、それってすごく痛いだろう! 竹で突かれた人たちは大怪我するよ〜(怖)
竹を駆使したジャッキーのカンフー技がこれまた素晴らしく、珍しくて新鮮な気分で見ることができる。メチャクチャかっこよくて個人的には気に入っているアクションだ。
酔拳自体は、中盤のチンピラ共との格闘の時にメイン登場。こちらではジャッキーの意向も多く反映されているようで、前作の「型」紹介やコミカルな感じがよく出ている。懐かしさを感じるのはここだけかなぁ。しかし、レベルアップした酔拳は半端な見せ方ではなく、随所にワイヤー技の演出も取り入れながら、もう芸術の域に達している技と言えるだろう。
で、カーリョン不在となってからは、おそらく武術指導は成家班が務めていると思われる。奪われた国宝を取り返すために、敵のいる製鉄工場へと赴いた飛鴻と仲間たち。鎖使いの男との戦いから、密輸団の下っ端たちとの集団格闘、ロー・ワイコン(ケネス・リー)との一騎打ちと、怒涛のラストバトルはまさに本領発揮のパワフルさである。15年振りに本気で取り組んだクンフー映画、という宣伝文句には嘘偽りなく、気持ちいいほど直球勝負に挑んでいるジャッキー流のカンフーがここにあると思う。
ロー・ワイコンは以前よりちょくちょくジャッキー映画で見かける、元キックボクシングの選手らしい。今回はかつての 『ヤングマスター』 のウォン・インシクなどのように、最強の足技使いといった悪役だ。片足を真一文字に開いて上げたまま、眼鏡を外して笑うシーンはそりゃもう強烈なインパクトで、次から次へと繰り出される連続の足技に飛鴻が押されっぱなしだ。もう一人が真っ赤に燃える鉄棒で背後から攻撃してきたり、炎の中に着き落とされたりと、火傷まみれで飛鴻大ピンチ!
追い詰められて手にした工業用アルコールが、超人漫画ででも見かけそうな筋肉増強剤の役割を果たしたらしい。飛鴻は酔っ払って突撃攻撃型にパワーアップ!(しかしまぁ、涎垂らしたり嘔吐したりと汚いなー;) これまでよけ切れなかったブンブン風を切ってくる足技をじっと見定めて、雄叫び一発で相手の足を蹴り返す場面がなんとも痛快である。
痛みを感じない狂気じみた突進に、今度はロー・ワイコンがうろたえている。こうなると自慢の足技もすべてよけられて、逆に攻撃がワンパターンなんじゃない?と思うほどだ。ホントはジャッキーの動きがあまりにトリッキー過ぎるんだけどね; 慌てて盾にした木製の椅子にガンと腕を突っ込み、ガーッと叫んでぶっ壊し、ついでに相手ごと蹴り飛ばして椅子を破壊するとこなんかも、呆れるほどの迫力ですっごく好きー(大笑)。
…まったく、これだけのクオリティのカンフーアクションを見せてくれるだけに、物語面でのうやむやさが本当に残念だなぁと思う。飛鴻のキャラが前半と後半で大幅にずれてしまい、終盤で急に正義に目覚めたようで、一貫性がないのも困りものだ。以前、 『ドラゴンロード』 のレビューの際にも語ったが、映画の中に飛鴻というキャラクターの成長などが組み込まれていないので、中途半端な印象になってしまうのだね。
終盤の飛鴻は、ジャッキーの実年齢にある程度合わせたような落ち着きがあって、ある意味、ジャッキー映画らしいジャッキーだと思う。同胞を敵視せず、仲間がムチャをしそうな時には諌めてる一面もあり、前半よりは断然カッコイイんです(笑)。工場へ乗り込む前の、大使館へ忍びこんで…という展開の部分も、どこか 『プロジェクトA』 に似たカラーを感じるんだよな。最初からこの方向性で話を作っていたら、一味違ったジャッキーらしいカンフー映画に仕上がっていたんじゃないかと、そんな風にも思う。カーリョン監督流のカンフーアクションも冴えがあり、様々なパターンのカンフーが見られたという点ではお得だったが…ううん、痛し痒しだなぁ(苦笑)。
ちなみにこの作品、ラストが「敵を倒してハイ終わり!」というのも前作 『酔拳』 やその他多くのカンフー映画に似ているのだが、その後のラストシーンが入った幻のバージョンが存在することはよく知られている。工業用アルコールのせいで、飛鴻がその後も酔っ払ったままだったという、コメディオチなんだか悲劇オチなんだかよくわからない1、2分程度の後日談がついた、ナンチャッテラストシーンである。日本版・香港版・US版などでもカットされており、一説には飲酒を戒めるイスラム圏向けに作ったエピソードだとも聞くが、真偽の程は定かではない。おかげで、このシーンだけに名優トン・ピョウが登場していることも、意外と知られていない事実だったりするわけで…ま、興味があれば動画サイトで探して見て下さい(笑)。