異色の特別ゲスト編 ![]()
| 新クレージーモンキー大笑拳/醒拳 | ドラゴン特攻隊 | 炎の大捜査線 |
このページで取り上げる作品は、1980年頃にジャッキーを中心にして起こった、とある騒動に端を発している。
1979年、ロー・ウェイ監督のプロダクションに所属していたジャッキーは、『クレージーモンキー 笑拳』を完成させた後、いったん彼との契約を更新して『醒拳』という映画を製作するつもりでいた。しかし、元々、ロー・ウェイとは仲が悪かったジャッキーは、途中でロー・ウェイの元から飛び出し、大手製作会社のゴールデン・ハーベストとも契約して 『ヤングマスター』 を先に作ってしまう。契約を反故にされたロー・ウェイは、香港芸能界に暗躍するトライアッズと呼ばれる暴力団組織と組んで、ジャッキーに契約を遂行させようとした。これに対し、ゴールデン・ハーベストはジャッキーを香港から連れ出して渡米させ、直接交渉ができないようにしてしまったのだ。(ジャッキーに命の危険があったため、これはやむを得ないことだったと考えられる)
この事件は「ジャッキー略奪事件(ジャッキージャック)」などと呼ばれ、当時はちょっとしたスキャンダルだったようだ。関係者からの説明がなかったためか、ジャッキーが世間知らずだったために二重契約をしたのだとか、G.ハーベストがジャッキーを独占しようとしたのだとか、ロー・ウェイの契約詐欺だとか、さまざまな憶測があったらしい。ずっと後にジャッキーが自伝「I AM JACKIE CHAN」で初めて事件について、詳しい経緯を語っている。その内容については興味があれば読んで欲しい。ジャッキーの話だけがすべての真実ではないと思うが、現在は彼の話を元にこの事件の詳細は語られていることが多い。(ジャッキーが嘘を言っているということではなく、彼自身も知らない部分があるし、ニュアンスの誤訳の可能性もある。何しろ広東語→英語→日本語と訳されているのだ。忙しいジャッキーにあれだけの本を書く時間があるとはとても思えないので、彼の語った内容を別の人が口述筆記したものだとKは推測している)
そしてこの騒動の時、ロー・ウェイとG.ハーベストの間の調停役になったのが、『片腕ドラゴン』シリーズなどで有名なジミー・ウォングである。ジャッキーやブルース・リーよりも少し前に活躍したカンフーアクション・スターだった彼は、裏社会にも発言力のある人物で、香港マフィアも絡んだ厄介な騒動の調停に立つには適した存在だったらしい。
結果として、ジミー・ウォングの仲裁は成功にはいたらず、G.ハーベストがロー・ウェイに巨額の違約金を払う形で和解が成立したようだが、香港マフィアの脅威を抑えたのはジミー・ウォングの力あってのことなのだろう。ジャッキーはジミーに大きな借りを作ったことになり、その後、彼の製作する映画に出演することで借りを返すこととなった。
そんなジャッキー略奪事件から派生したのが、ジャッキー不在のまま製作された『新・クレージーモンキー大笑拳』と、ジミー・ウォング製作の2本の映画である。ジャッキーの長い映画出演歴の中でも特に異色といえる作品について、振り返ってみよう。
『新クレージーモンキー 大笑拳/醒拳』 (1980〜83 製作年は諸説)
ジャッキーバッタもん映画として有名な第二弾。今回はロー・ウェイ監督の作品だ。
『クレージーモンキー笑拳』 大ヒットの後、ロー・ウェイはジャッキーを主役にした『醒拳』という映画を作りたかったのだが、ジャッキーはその契約をすっぽかしてゴールデン・ハーベストに移籍してしまった。これに怒ったロー・ウェイは、マフィアと手を組んでジャッキー奪還をしようとしたが、結局、G.ハーベストから違約金を受け取ることにより、ジャッキーとは手を切った形になったのである。
ただ、ロー・ウェイとしてはどうしてももう一本、ジャッキー映画を作りたかったらしく、企画倒れになった『醒拳』をこの『新クレージーモンキー大笑拳』に差し替える形で映画にしてしまった。ジャッキーが彼の元にいた頃の公開・未公開フィルムを使い、ジャッキー不在でいろいろな脇役たちのシーンを撮り、足りない部分はジャッキーそっくりさん(そっくりではナイが)が代役としてちょろっと登場している。つぎはぎだらけで、各シーンが唐突で、メチャメチャな展開の代物。映画として語るに値しないので何も語らないが、それでもバッタモン第一弾 『ジャッキー・チェンの必殺鉄指拳』よりは少しだけ、マシかもしれない…。
こんなバッタもん、DVDで出すなよ。それ以前に東映で劇場公開したというのが驚きだ。ごく小規模公開だったらしいが、それでも公開した以上、「ジャッキー日本公開映画リスト」に入ってしまっているので、Kとしては見ないわけにはいかない。リスト作品は(面白くないとわかっていても)とりあえず制覇することにしたので。近くのレンタルショップには置いてなかったので、遠方まで足を伸ばしてレンタルするという余計な労力までかけて見たわけである。
物語はとある拳法の流派がとある流派に狙われて逃げているという、よくある設定。追われている兄弟の息子たちがジャッキーとその従兄で、二人とも結局、父親を殺され、仇を討つというものだ。…うん、一応、筋は理解できているな。
ジャッキーの父親は田俊(ジェームス・ティエン)が演じている。『笑拳』の時は祖父の役だったので、この時に撮影した未公開フィルムが使われていると思われる。セリフは所々、話の筋に合わせて差し替えているようだね。石天(ディーン・セキ)が店主の食堂でジャッキーが仕事に就こうと話している場面も、もともと『笑拳』で同じ石天の葬式屋でのやりとりに続くシーンだったんだろう。ジャッキーが食堂で石天を見てビックリするのは、「あれ、葬式屋と同じ顔!」という意味で、石天は二役で登場して、ジャッキーの就職奮闘記を二つのエピソードとして撮影したのだろうと推測できる。完成した『笑拳』では結局、葬式屋の場面のみ使用されていた。葬式屋の時よりこの食堂でのエピソードの方が面白い気がするが、これは作品全体の中のエピソードとして見た時の、相対的な感想かもしれない…(苦笑)。
ちなみに、ここで石天がジャッキーの相貌を「タレ目」だの「鼻がデカイ」のとボロクソにけなしていて(もちろん吹替えた後づけの台詞だ)、ジャッキーは自伝でそれに対して非常に憤慨していた。ロー・ウェイの恨みのこもった、子供の悪口みたいだ(笑)。
本物のジャッキーが出ているシーンは、こういう『笑拳』からの未使用フィルムがほとんどのようで、他に 『拳精』 や 『龍拳』 で見たなぁ、って場面だ。ラストバトルはほとんど『笑拳』で見たフィルムの使いまわし。どうも『醒拳』はほとんど撮影していなかったようで、新しく撮ったのだろうと思われるシーンは見られなかった。これを繋ぎ合わせてひとつの話にしてしまったロー・ウェイの執念にも呆れるが、付き合った俳優さんたち、特に敵役の人も『笑拳』と同じ服を着てラストバトルに参加しているんだから、たいしたご苦労さんだ。ジャッキーの従兄役の人もそこそこカンフーを披露してくれている。
まぁ、これを一本見るくらいなら、『笑拳』『拳精』『龍拳』を単独でそれぞれ見た方が断然面白い。カンフー時代の彼の未公開フィルムが見られるという点では貴重かなとは思うが、その中に特筆すべきほどのカンフーシーンがあるわけではないので…ジャッキーフリークを目指しているのでなければ、全然見る必要のない作品だと、当初の予想通りの結論に落ち着きましたよ(苦笑)。
『ドラゴン特攻隊』 (1982)
今回のジャッキー再ブームに入った当初、中古ビデオショップで50円で買った作品。これは見たことのない映画だなぁと思い…けっこう昔の作品のようだけど、題名に見覚えがなかった。ビデオ裏面の粗筋を読んで、チョットどうかなぁとは思ったのだが、ハマりたての頃だったし、とにかくジャッキー映画ならなんでも見たかったので。何しろ50円だし。
見始めて 「やっぱりジャッキーがしばらく出てこなさそう…」 と思った。ジャッキー・チェンの名前が出ていても実際に登場するのは映画の数分のワンシーンだけ、そこだけ派手に活躍をして後は全然出てこない映画、というのが何本かある。見終わって 「どこがジャッキー・チェン主役なんだよ! ただの友情出演じゃないかー!」 と思うような映画だね。まぁ、これは日本の映画配給会社が客寄せのためにあえてそう宣伝しているというのもあると思うので、別にジャッキーや監督の責任だけではないだろうけど。今回の場合も、ビデオパッケージには堂々と「ジャッキー・チェン主演」と書いてあったぞ。
物語が始まってしばらくたってもジャッキーが登場する気配もないので、 「うーん、あのタイプの映画か?」 と思いながら見ていたら、話がなんだかあっち行ったりこっち行ったり、エピソードのつながりがなくて、一体何人くらい出てきたんだかよくわからなくなって来た頃、やっとジャッキーが登場。なんか闇賭博で格闘技をしていた。そしてまたすぐ出てこなくなった。…やはりゲスト出演的な扱いらしい。
映画としては冗長を絵に描いたような、実に退屈なコメディもの。香港映画のこの手のベタベタギャグは、実はちょっと苦手。……おっ、でもこの女の人はきれいだし、立ち姿も動きもカッコイイぞ。と思っていた。ブリジット・リンという女優さんらしい。多分、ジャッキー映画にも…『ポリスストーリー』あたりで登場して活躍しているはず。
肝心のジャッキーの本格的な見せ場は二回。アマゾネス軍団を相手にちょっとだけ戦うシーンと、ラストの戦い。ここでだけ獅子奮迅の戦いっぷりを見せる。ていうか、脈絡なさ過ぎ。ほとんど出番のなかったジャッキーに最後の一番の見せ場だけ預けるなんて。
あれだけコメディタッチに進んでいた物語が、最後の戦いのシーンで全員皆殺しかい!? ギャップ激しすぎるだろ。ジャッキーも死ぬんじゃないかとそこだけハラハラしたよ。幸い、機関銃を奪って連射して敵を全滅させたジャッキー(役名・小覇王/シャオリー)だが、そこへラスボス登場。なんと特攻隊を作ったシリアス顔の隊長だったのだ。これがジミー・ウォング、見終わった後でいろいろ調べていろんな意味で有名な人だったと知ったが、それは後ほど。
ブルドーザーでジャッキーを追い込み、剣を振り回して追いかけ回し、なかなか強い。ジャッキー大ピーンチ! 剣がマジに刺さって痛そうな顔をしていたので、かなりヒヤヒヤした。いつものやられ方とちょっと違うし、ここまでの話の展開からして先が読めなくて。最後は爆弾の起爆装置を見つけてそれで爆破して、なんとか勝ったってカンジだった。…イヤ、それよりその爆弾、主人公たちが一晩かけて準備してたものでしょ? どうして殺される前に爆破しなかったんだろう。この連中、一晩かけて何をどうするつもりだったのか、さっぱりわからないなぁ…
そういうわけで、荒唐無稽とはこういうことを言うのだという教科書のような映画。時代考証無視だとか、退屈なコメディだとかいうだけならまだしも、ラストは急転直下の惨殺皆殺し状態で、後味悪いったら。二度も通して見る必要はないと思ったので、ジャッキーの登場シーンだけもう一回見て、後はもういらん。50円でよかった(←しつこい)。
ネットで取得した情報によると、本作は一般的に 「ジャッキーファンには最低ランクの評価を受けている」 らしい(苦笑)。最初から知っておけば……いや、それでも結局見たかったんだろうし、知らずに見たのは幸いだったというべきなんだろうな。
最低と評価されるのは、別にジャッキーの活躍が少ないというようなことではない。ジャッキーはけっこうおいしい役どころだったと思うのだよ。アクションもそこそこやっているし、ゲスト的な扱いとしては悪くない。ただ、映画自体がどうしようもない駄作だということと、これは個人的な感覚だが…全体を覆う雰囲気が、なんだか気持ち悪くて仕方ないのだ。
グロテスクという意味ではなく、胸がムカムカするような気分の悪さが後に残る。前半がお気楽なコメディだっただけに後半の悲劇がいっそう陰惨さを際立たせ、別にこの物語の登場人物に感情移入もしていないけど、生理的な嫌悪感、みたいなものを感じる。自分の中にある感性が全力で拒否しているような。……自分でも理由ははっきりわからないが、こういう映画はどうもダメだなんだよな…
原因は多分、この映画の製作者であるジミー・ウォングの作風なのだろう。1960年代頃に一世を風靡した、「天皇巨星」とも呼ばれるクンフー俳優らしい。しかし裏社会とのつながりやスキャンダルがあまりに多く、いったん失脚。その後は裏社会と繋がりつつ、台湾で映画監督などをしていたようだ。代表作はB級映画としてカルト的な人気があるという『片腕カンフー対 空飛ぶギロチン』とか……どんなセンスの邦題だ。
ちなみに、これから名前を覚える人がいるとしたら、正しく「ジミー・ウォン」と覚えることをお勧めしておく。本当はウォングの「グ」は発音しません。日本に紹介された当時、ジミー・ウォングと誤訳されたので、その頃からの古い香港映画ファンは大体ウォングと呼んでしまうらしい。そういうサイトさんを見て歩いたKもジミー・ウォングと覚えてしまった。ジャッキー関連以外でKがこの人の作品を見ることはないと思うので、改めて覚え直す努力は放棄している。
ざっと説明したとおり、ジミー・ウォングことジミー先生は「ジャッキー略奪事件」でジャッキーに恩を売った。それ以来、ジャッキーはジミーに頭が上がらず、噂によるとかなり敬意を払ったお付き合いをしているらしい。…まぁ、恩人というのもあるが、一種の黒幕ボス的存在なので、バックについている組織とかいろいろ、気をつかわざるを得ないってところかなぁ…。
この『ドラゴン特攻隊』の製作時、ジャッキーは本来、『プロジェクトA』の撮影中で、途中で渡米して『キャノンボール2』などの撮影にも参加していた頃だった。この時期ジャッキーは3つくらいの映画に掛け持ち出演をしていて、大変忙しかったらしい。彼自身が監督した『プロジェクトA』の完成まで2年かかった(香港では異例のトロさだろう)というが、こうしてジミーさんにムリヤリ台湾へ引きずられていったことも影響していたのだと思われる。
で、このジミー・ウォングが製作したもう一本の映画にもジャッキーは出演している。年代は結構下って1991年の製作だ。これも驚くような作品なわけだが…
…それについては次の作品で語ろう。
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『炎の大捜査線』 (1991)
ジミー・ウォング製作の映画にジャッキーが二度目に出演した作品。Kが知るジャッキー映画の中でも、個人的にはダントツの異色作。…というか、唯一、「二度と見たくない」と思う映画である。
たとえどれだけ駄作との評判であっても、ジャッキー映画はとりあえず見ておきたい・見直してみたいと思っているKだが、これだけはもう一度見てみようという気になれない。もちろん、以前にテレビ放映で二回ほど見たことがある。…どうして二回も見てしまったのか、多分、初めて見た時は途中から見て、題名をよく覚えていなかったのだろう。そしてあんまりイヤな話だったので記憶から削除してしまい、もう一度放送された時にうっかり最初から見てしまったのだと思われる。おかげで強烈なインパクトというか、ダメージだけが記憶に残ってしまった……
何がそれほど特異なのかというと、実はたいしたことではない。ジャッキーが最後に死んでしまったのだ。昔の脇役時代ならまだしも、『蛇拳』以降のジャッキー映画でジャッキーを殺したのは、記憶にある限りこの映画だけだったろう。
この映画を見たのは年代的に、すでに大学生にはなっていたはずだ。その頃には別に、「ジャッキーチェン」にそれほど思い入れがあったわけでもない。ただ子供の頃からの習慣みたいなもので、テレビでジャッキー映画の放送があると、娯楽として単純に楽しんで見ていた。ジャッキーが劇中で死ぬなんてことは予測を超えた出来事であったため、その場面にものすごくショックを受けたのだ。
「え、死ぬの!? 嘘でしょ!?」……ってカンジ。
…考えてみれば、役者だもん、映画の中でそういう役があっても不思議ではない。普通の映画俳優なら、別に劇中で死んでもそういう物語だと納得できるのだけど、昔からジャッキー映画を見てきたKにとって、ジャッキーは死ぬはずのない存在だと無意識に思い込んでいたのだろう。あり得ないものを見たというか、油断していたところに思いきり足払いを食わされた気がして、愕然としたのかもしれない。
今なら、いろんなことについての可能性を想定するだけの人生経験は積んできたし、予期せぬ裏切りに心底傷つくほどの純粋な人間でもないけれど、当時は若かったしね。ジャッキーはさぁ…やっぱり、子供の頃からずーっと知っているだけに、疑ったことなんてなかったからねぇ…
Kはメディアに疎く、ジャッキー映画情報をあまり知らなかった。劇場公開当時は「ジャッキー死す!?」なんて煽り文句があったらしい。そんな予備知識があればまた違う印象を持ったのだろうが、まったく無防備に見てしまったので、身構えていなかった時にひっくり返された衝撃は大きかったわけだ。
今も、中古ビデオでこの作品を売っているのを時々見かけるが、たとえ50円でも買って見てみる気にはどうしてもなれない。ジャッキーがスタント時代などに出演したもので、劇中で死ぬ映画もいくつか見た。『新精武門』も『ファイティングマスター』も見たし、ジャッキーが劇中で死ぬこともありうると理解しているから、今ならそれほど違和感もなく見られるのかもしれないと思うけどね。…多分、かる〜くトラウマになっているんだろうなぁ( ^ ^;)。
そういうわけでこの映画については、記憶を頼りに書いておく。
物語は多分、刑務所で服役中の囚人たちを死んだことにして身分を抹消させ、スパイ組織だか極秘の潜入組織だかを作り、テロリストの本拠地に乗り込んで連中を壊滅させる作戦を決行させた……という『地獄の女戦士コマンドー』みたいな話だったかと。ジャッキーは主役ではなく、囚人の一人で、刑務所の中でケンカとかしてたのかな。いつものコメディタッチは鳴りをひそめて、シリアスな役柄だった。サモ・ハンも出ていて、一応コメディ的な役だったけど、なんだか哀れっぽいというか、惨めったらしかった気がする…。(←ホントに記憶があやふや)
で、その作戦を決行、何人もの囚人たちに混じってもちろんジャッキーのアクションもあって、そこはそれ、さすがにジャッキーというくらいの活躍はしていた。でも仲間の囚人たちが一人また一人と倒れ、ついにジャッキーも死んでしまう。結局、囚人は全員殺されたんじゃないかな。なんか救いがないドラマだったことだけ覚えている。
とにかくジャッキーもシリアスで笑いもなくて、主役って言うほどたいした扱いじゃないし、いったいこの映画は何なんだ… と、ずいぶん異質で不可解な映画、という印象だけが残ったのだった。
記憶が如何に曖昧であるかということで、以下、ネットで調べた正しい情報。
本当の主役はレオン・カーフェイ、多分香港で人気の俳優さん。この人が刑事役で、刑務所に囚人として潜入捜査をしていて、そこでジャッキーとかサモハンとか、アンディ・ラウなどの囚人たちと出会う。この4人が当時の香港スターだったらしく、「豪華競演」というふれこみだったんだと。そしてどうやら、半分くらい刑務所内の話だったらしい。(そういえば、刑務所の中のボスみたいにえらい迫力がある男が出ていた。多分アレがジミー先生だ…)
彼らは死刑にされたことになったが、実は生きていて、麻薬王を暗殺する暗殺者に仕立て上げられた。暗殺は多分成功したが、結局彼ら自身も、政府の連中に口封じのために殺される…という物語。3人は死ぬんだけど主役のレオンは刑事仲間たちが助けに来て、一人脱出したらしい…そうだったか。
某DVD販売サイトのあらすじでは「レオンとジャッキーが助かる」と書いてあったので、「あれ? ジャッキーが死んだシーンすら自分の記憶違いか!?」と思ったんだけど、他のレビューサイトではジャッキーも死んで、レオンだけ生き残ったと紹介しているものもあった。もしかしてラストシーンはジャッキーが死ぬバージョンと生き残るバージョンがあったのかもしれない。…どっちにしてもサモハンは死ぬんだな…;
まぁそんなバイオレンス的な、やたら暗くて泥臭い雰囲気のある映画で、なんでこんなものにジャッキーが出演したのかよくわからなかった。その後、ずっと忘れたままだったが、ジャッキー映画を見直すようになってから、この映画の題名を見て思い出し、これが作られた経緯についてもいろいろと事情がわかった。ジミー・ウォングはジャッキーだけでなく、他の映画スターたちに貸しをつけて、脅迫まがいに自分の映画に出演させたらしい。ジャッキーもレオン・カーフェイも出演依頼を断り切れなくて、忙しい撮影の合間にムリヤリ引っ張り出されてジミーの映画に付き合わされたんだとさ。レオン・カーフェイなんて、主役だったのに、「本当に出演したくなかった」と公然と語ったというんだから、まったく香港映画界というのはわからない世界だなぁ。ちなみにジャッキーも「義理で出演した」とはっきり言っているわけだが(笑)。
で、『ドラゴン特攻隊』と『炎の大捜査線』は一見、別ベクトルの映画に見えるが、根底に流れる何かが共通しているのだと思う。Kが『ドラゴン特攻隊』に感じた不気味さというか気持ち悪さは、『炎の大捜査線』を思い出すと胸がムカムカするのとよく似ているから。
……多分ね。ジミー・ウォングとか、監督のチュ・イェン・ピンの持ってる感性というか世界観を、自分の感性がまったく受け付けられないんだと思う。別にジミー・ウォングを好きとか嫌いとかいう感情を抱いているわけではない(それほど知らない)し、この人の出演した映画についてレビューされているのを読むのも嫌いではない。ただ、この人やこの監督の作品をこれ以上見るのは、生涯やめておこうと思うわけさ。
……「肌に合わない」って、そういうことだろう?(苦笑)
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