世界を舞台に駆け抜けろ 編 

サンダーアーム/龍兄虎弟 プロジェクト・イーグル


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『サンダーアーム/龍兄虎弟』 (1986

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『プロジェクト・イーグル』 (1990)

【あらすじ】 冒険家ジャッキー(ジャッキー、役名同じ)の元に、第二次大戦末期にドイツが砂漠の軍事基地に隠した金塊を捜索する依頼が舞い込んだ。早速サハラ砂漠へ冒険の旅に出るジャッキー一行の前に、傭兵軍団や盗賊たちが次々に立ち塞がる。砂に埋もれた軍事基地を発見した彼らの運命やいかに!? …って感じ。

「アジアの鷹」シリーズ第二弾。ジャッキーが監督・主演を務めたこの時期の
「ジャッキー真髄を極めた映画」の最終段階の作品である。 『ポリスト』 からこの作品辺りまで、個人的にはジャッキー映画の黄金期という印象があって、アクション・ストーリー・演出など、すべてジャッキーの流儀が貫かれていると思う。ジャッキーはこの数年間で、映画監督としてできる限りのことをやったので、その後は監督業からいったん退いて、俳優側に重点を置いた映画作りをすることになる。
これは良し悪しの問題ではなく、ジャッキー映画が一番濃厚な「ジャッキー映画」らしかった時代に、ひとつの区切りがついたということだ。そのまま同じスタイルを続けることは弊害も多くなっただろうから、ジャッキーが別の方法による映画作りを模索し始めたのは、ごく自然な流れだろう。監督業を別の人に譲り渡してからの映画は、ジャッキー映画にはなかったバリエーションが楽しめる
「ジャッキー映画プラスアルファ」の時代とでも呼べるのかもしれない。

とても個人的な思い出で恐縮なのだが、この 『プロジェクト・イーグル』 はKが何年ぶりかで劇場公開で見たジャッキー映画である。当時は大学に通っていて、やっぱりジャッキーの映画は面白いなぁ、と新鮮に感じたし、まぁその時一緒に見に行った相手との、ちょっぴりほろ苦い思い出なんかもあって、まさに学生時代の懐かしい記憶と共に印象に残っていたりする( ^ ^;)。ジャッキーと一緒に成長してきたなぁ、と感慨深くなる映画でもあるわけだ。
そんなタワゴトはさておき、この作品、実はかなり完成度が高い。 『プロジェクトA』 や 『ポリス・ストーリー』 などの代表作と並べても見劣りしないほどの出来栄えだ。スケールが大きいとか、アクションの質が高いとか、物語がよく練られているとかいう観点で見るなら、この時期のジャッキー作品はすべてそうなのだけど、それらの中でも一本の映画としてとてもよくまとまっているということだ。基本的にジャッキー映画はパワフルすぎて、まとまりがよくなると逆に小粒な印象になってしまう部分もあるのだが、本作はその辺りが絶妙の融合をしている傑作である。
もちろん、K自身はどのジャッキー映画も大好きだし、一番とか二番という順位付けをしたり点数をつけたりすることには興味がない。ただ、この映画は本当に単純に
「ああ、好きだなー」と思ってしまう。どこがいいとか悪いとか、ごちゃごちゃ説明する気にならないというのはつまり、いろいろな要素のバランスがいいんだろう。全体がストンと腑に落ちる感じというのか。
そう、いつも語っている、「映画のバランスがいい」のである。
とにかくストーリーがシンプルでいい。最初から最後までスピード感にあふれた痛快娯楽大作で、善とか悪といった概念や、余計なテーマも入っていない。「冒険を楽しんでもらえばいい」とジャッキーがここまでシンプルに徹して映画を作ったのは珍しいと思う。
今回のレビューは、前作 『サンダーアーム』 の踏襲と発展、意識して作っていると思われる 『ポリスストーリー』 シリーズとの違いなどもまじえて、見ていってみようか。

オープニングでひと冒険を終えた
(でもお宝収穫はナシ)ジャッキーは、パジェロ車を水に浮かべて、どこかの火口湖で釣りを楽しんでいる。この冒頭がすでにスケールが大きく、風景もカメラワークもBGMも、すべてが壮大で気持ちいい。そして似合わない(笑)アロハシャツで休暇中のジャッキーの姿からして、「今回はお気楽冒険映画です」といった明確な指針を示しているのだ。この方向性がブレないで貫徹しているのが一番のカギとなるだろう。
そんなジャッキーをスペインに呼んだのは、かつて「神の武具」を借りておじゃんにしてしまった伯爵だ。大戦中にドイツが隠した金塊を探すよう国連から依頼された伯爵は、ヨーロッパとは無関係のアジア人であるジャッキーに遂行を頼むのだ。どうやら前作以来、ジャッキーは伯爵から何度か仕事を頼まれているらしい。
ドイツ軍が保管していた基地の金庫の鍵を渡され、ジャッキーは早速情報収集に乗り出す。金塊を隠した後、行方不明になったドイツ軍指揮官の家族の元を訪ね、孫娘のエルサ
エヴァ・コーポ)が何者かに狙われている現場に出くわした。この時の犯人はアラビア人らしいお間抜けな二人組で、どういう組織に属しているのか最後までよくわからないが、お宝を求めてジャッキーたちをずっと追いかけてくる。
その後、今度は金庫の鍵を狙う謎の男たちに追われて、またまたスペインの街を逃げ回るジャッキー。今回は特別仕様ミツビシ車ではなく、オフロードバイクで派手なカーアクションをしてくれる。前作と同じ「異国の街を追いかけっこ」の展開を追いつつ、媒体がバイクならではのアイディアが効いていて面白い。段ボールが並ぶ倉庫では、バイクから落ちたジャッキーが段ボールの山から山へと飛び回って逃げ、天井の梁に掴まって飛びかかる車をヒョイっとよけたり、加速して海に飛び出してクレーンに吊り下げられた荷台に飛び移ったりと、車に頼らない生身のアクションが凄すぎる。これ、
カースタントと香港的スタントを見事に融合した新しいタイプのアクションだよなぁって…ジャッキー以外にはできないかもしれないけど( ^ ^;)。
一方で「アンタッチャブル」的な赤ちゃんを助け出すシーンなど、リスペクトパロディも小技の効いた面白さを感じてしまうね。

そんなこんなで、ジャッキーたちはサハラ砂漠に出発することになった。祖父の行方を知りたいエルサと、砂漠の専門家であるエイダ
ドゥドゥ・チェン)が同行し、砂漠では以前に出会ったことのある日本人の桃子池田昌子)とも再会して、ジャッキーの周りを三人の女性が囲むことになる。彼女たちが前作のアランのような役回りとなるわけだが、この「アジアの鷹」シリーズはジャッキーに社会的な足枷がない分、なんだか足手まといな仲間がジャッキーの足を引っぱるというパターンを作っているらしい(笑)。
三人の女性はカンフーは全くできないし、特別なスタントに挑んでいるわけでもないが、それぞれ個性がはっきりしていて描き分けができている。
まず中国人のエイダ。どこら辺が砂漠専門家なのかよくわからないが、嫌味な性格なのになんだか憎めない上質なコメディエンヌだ。女三人衆の三段オチの最後をきっちりとオトしてみせるところは
「さすが香港女優…」と思うね( ^ ^ )。
一方、桃子は武士道に通じる「日本人の精神美学」を追求する探求者であり、控えめで真面目な性格だ。お宝にはいっさい興味を示さず、成り行きでジャッキーたちと行動を共にしている感が強い。日本人として、海外映画の中でこういう日本人の認識のされ方は嫌いではない。
そして、ドイツ人のエルサはきれいなブロンドのベリーショートカットで、普段は品のよいお嬢さんだが、思いきりのよさはピカイチ。いきなり機関銃を乱射したり、先頭に立ってファイティングポーズをとったりして、なんかその両極端な意外性が魅力的(笑)。エイダと仲が悪いわりに、対極でいつも一緒になって行動していて、まさに二人して言葉どおりジャッキーの手を引っぱり足を引っぱり、度々彼を窮地に叩き落としてくれる。アランだけの時も大変だったジャッキー、面倒を見なきゃならないのが三人に増えて、そりゃもう大変だ(爆)。
美女がメインで三人もいて、しかもジャッキーの取り合いをしているようにも見えるのに、一向に色気のある展開にならないのもジャッキー映画の七不思議。そして見ている側もそんな期待をしないというか、なくても気にならない。一応女性陣のシャワーシーンや、かわいいお色気は交えながら、まるで小学生のような無邪気なドタバタぶりがまた映画全体のムードに合っているのである。

さて、砂漠での旅は過酷な撮影となったようだが、エイダとエルサが奴隷商人に誘拐されたり、特別な神を祭る原住部族の本拠地へ忍び込んで行ったりと、劇中でのジャッキーたちも充分大変である。彼らの留守中に捜査隊のキャンプを襲った傭兵軍団が、ジャッキーの旅仲間を皆殺しにしてしまい
(このシーンは異質で不要ともいえる)、結局、ジャッキーとエイダとエルサだけが問題の基地を探し当てた。長い年月の間に砂に埋もれた基地には、エルサの祖父を始め、ドイツ軍の指示により金塊を運び込んだ一隊全員の遺骸が残っていたのだった。
傭兵を雇って金塊を奪おうとしていたのは、この時のドイツ部隊唯一の生き残りであるアドルフ。傭兵軍団とジャッキー&三人の美女の、お宝争奪戦は基地の中で続いていく。
この軍事基地の中身、香港に大きなセットを組んで撮影したらしい。軍事知識がないので、どういう仕組みを想定しているのかわからないが、いつもは
「そこにある日常的な小物をすべてアクションに利用」のジャッキーアクションが、「アクションに使うことを前提に作った巨大なおもちゃ箱」の中で展開するような逆説にも感じられて興味深い。シーソーのような機械の上で戦うシーンなど、よくこんな装置を思いついて作ったなぁ。カンフーの闘いそのものは、相手が白人なので 『ポリスト2』 や 『奇蹟』 のような成家班を相手取った息ぴったりの神速の闘いではないが、この舞台、この物語だからこその小道具アクションを吟味して演出していると思う。こういう宝探しの冒険活劇に、香港映画のカンフーアクションはまだまだ新境地を切り開ける可能性を秘めていると感じてしまうね。
ちなみに傭兵軍団がカンフーをするのはもちろんおかしいが、この映画の演出のひとつとして、ジャッキーはほとんど銃を使うことがない。護身用に持っているわけでもなく、銃を持って向かってきた相手から奪ったとしても、それを手にしている時間はほんのわずかだ。人に向かって銃を撃つことはないし、さっさとゴミ箱に捨ててしまったり、仲間に譲ってしまったりする。この辺りが 『ポリスト』 ジャッキーとの明確な違いだと思う。
『ポリスト』 のジャッキーは刑事なので、当然銃を撃つ。その前に威嚇として、敵に銃口を向けるシーンが多い。この銃を構える動きがビシッと決まっていて、絵になるというかものすごくカッコイイんだな。自分の後ろにいるたくさんの善良な人々や正義を守るため、ジャッキー刑事は銃を「必要悪」として使用している。その覚悟とか潔さが 『ポリスト』 の魅力でもあるだろう。
孤立しても絶対的不利な状況になっても、果敢に戦いを挑んでいくジャッキーには悲壮なまでの決死の表情があり、そこから目が離せなくなる。そのいろんな意味での「強さ」が痺れるほどにカッコイイ。だからKは 『ポリスト』 の1も2も好きで好きでしょーがないのだけど、冒険家ジャッキーはチェン刑事ではない。銃を構えて「動くな!」と言えばそれはかっこいい演出に違いないのだけど、「アジアの鷹」は武器に依存しない自由な魂の持ち主である。
冒険家は大事な人のために闘うわけではない。別に守らなきゃならない主義主張もないから、危ない時は逃げればいいし、お宝ごときで誰かを傷つけたいなんて思ってもいない。金塊を見つけた傭兵軍団の隙をついて銃を奪ったジャッキーが、アドルフに銃を突きつけながら、あっさり負けを認めて銃を投げ捨てるシーンなど、特に彼の銃火器に対する執着のなさを示しているだろう。銃で脅してその場を解決することは、こちらのジャッキーにとって意味がないのである。
こういう徒手空拳で冒険に体当たりしていくのが冒険家ジャッキーの魅力だし、背負うものがない気楽さ、余裕が 『ポリスト』 とは全然違っていて、とてもイイと思う。観客側には好き嫌いの好みはあるだろうが、Kはどっちのジャッキーも好きだ。多分、 『ポリスト』 があって 『プロイー』 があるから、どっちのジャッキーもより輝いているんだと思う… 『プロイー』 を見た後で 『ポリスト2』 を見直すと、改めて「カッコイイなぁ…」と思うもんな。

話は少し戻るが、この映画には前作 『サンダーアーム』 にはなかった、謎解きの要素も含まれている。扉の鍵とエルサの祖父の残した暗号を手に、失敗は即死亡という絶体絶命の状況で、懸命に試行錯誤するジャッキーたちの姿にもワクワクする。なんかこういう、根拠のない謎解きって宝探しには定番で、そこが童心に戻って楽しいんだよねぇ♪ 前作ではそういう謎解き要素がなかったので、今回のような
「定番をすべておさえてくれた映画」はリベンジ的な楽しみもある。そして豪華な金塊の山を発見するのも、最終的にそれを手にすることなく脱出するトコも、この手の映画のひとつのお約束なのだ( ^ ^ )。
で、悪の親玉だったはずのアドルフが結局、ジャッキーたちの味方になり、巨大扇風機のある格納庫で傭兵たちと闘うジャッキーの手助けをしてくれる。この巨大扇風機のネタ、賛否両論はあるようだが、Kは映画館で最初に見た時は笑ってしまった。エイダとエルサが制御室であちこち駆け回りながらいろんなスイッチを押していき、それがジャッキーを助けているのかピンチに追い込んでいるのか、微妙なところだ(笑)。おそらく、原型はバスター・キートンの
『キートンの蒸気船』 で台風に翻弄されるキートンなのだと思うけど、バカバカしさがなんとも好き。映画全体のバランスから考えると、少しだけ長いかな、とも思うが、欠点というほどの冗長さでもないだろう。
そして物語は、結局手ぶらで脱出したジャッキーたちが、再び砂漠を帰路につくシーンで締めくくられる。どこかのんびりしたラストシーンは、 『プロジェクトA』 のラストにも共通していて、一本の映画を見終えた満足感というか、清涼感が残る。こういう後味がさらっとしている映画は、気軽に何度でも見ようという気になれて好きなんだよな。
うまく言えないのだけど、この映画にはいい意味での軽さとか、がっちり固定しない余白が挿入されていると思う。ジャッキー映画にはいろんな要素の面白さがあり、ジャッキーはそれをどんどん掘り下げていくので、深く濃密になっていった。それらをすべてひとつの映画に詰め込んでいったのが 『プロA2』 や 『ポリスト2』 だったのではないだろうか。
この 『プロジェクト・イーグル』 はそういったアクの強い作品に比べると、どちらかといえばあっさりした味付けで、物足りないと感じる人もいるかもしれない。ただ、個人的にはこれくらいシンプルな映画もあっていいと思うし、ジャッキーの監督作品黄金期を締めくくるにふさわしい、たどりついたひとつの完成作として、評価できるのではないかと思っているのである。