アメリカ進出プロジェクト編2 ![]()
| レッド・ブロンクス | ナイスガイ |
| フーアムアイ/我是誰 | アクシデンタル・スパイ |
日本ではすっかりお馴染みのジャッキーだが、映画大国・アメリカでは長い間マイナーな存在だった。ハリウッドという牙城を築いて栄華を誇ったアメリカ映画界が、香港はじめ、アジア映画に注目をし始めたのは、実はほんの十数年前のことだ。その先陣を切ってメジャーデビューしたのはもちろんジャッキーチェン。作り物でない生身のアクションにアメリカ人は喝采を送り、そのうちにハリウッドでもジャッキー主演映画が作られるようになる。
しかし、香港映画とハリウッド映画では作り方が違う。
なんというか、香港映画はサービス過剰だ。例えて言うなら、「もうお腹いっぱいです〜」と言っているのに「まだまだ美味しいものがあるよ!コレも食べて、アレも食べて!」と油っこいものを次々にお皿に入れてくるような、怒涛のご馳走攻撃をカマしてくる傾向がある。胃が弱い人は逃げ出したくなるかもしれない。その濃厚さが好きな人にはたまらない魅力なんだけどね。ハリウッド映画はそういう泥臭さがあまりなく、けっこうさらりとした、ある程度万人受けをするノウハウみたいなものを持った映画作りをする。『ラッシュ・アワー』で初めてそういう映画を作ったジャッキーは、「こんな小出しな短いアクションでは観客はつまらないんじゃないか」と思ったそうだが、予想外にアメリカでは超大ヒットを記録した。そう、世の中の映画ファンはアクションキチガイばかりではない。一般人にはこの程度の軽いアクションでちょうどよかったのだ。
これこそハリウッドマジック。『ラッシュ・アワー』は大成功に終わったわけだが、さて、そこで。「なんだ、こんな楽な作り方でいいんだ」と思ったなら、メジャー業界の手法を学ぶことになっただろう。それはそれで楽に生きていけそうだが、我らがジャッキーは良くも悪くも根っからの香港人だ。「もっと力いっぱいアクション映画を作りたいぞ!」と持ち前のサービス精神を発揮して、ハリウッド映画に出演する一方で、たまには香港に戻って香港製作映画も相変わらず作っていくことになるわけだ。近年のジャッキー映画が米国と香港の両方にまたがっているのはそのためだったりする。
そんな全力投球のアクション映画(の一部)がここに集めた作品群である。第三次アメリカ進出プロジェクトとして製作されたものに始まる、とにかくド派手なアクション超大作をご堪能あれ♪
『レッド・ブロンクス』 (1995)
香港の刑事クーン(=ジャッキー)は叔父の結婚式のため、ニューヨークのレッドブロンクス地区へやってきた。叔父はクーンの亡き父と共に経営していた店を売り、花嫁と第二の人生を歩もうとしている。祝福し、叔父の新婚旅行の間、留守番を引き受けたクーンだが、売り渡した店に連日嫌がらせに来る暴走族相手に大苦戦。一方で、隣人のナンシーとダニーの姉弟らとダイヤ密輸シンジケートの抗争に巻き込まれ、ニューヨークの街を駆け回ることになる……。
ジャッキーがついにアメリカで認められた記念すべき一作。古くは『バトルクリーク・ブロー』、後に『プロテクター』とアメリカ市場進出を狙うも、なかなか成功しなかったジャッキー映画が、巨額の制作費を投じて作った賭けともいえる映画がアメリカで大ヒット、オープニング直後の一週間で初登場第一位を獲ったという(香港映画なのに?)。つまり「アジアのスター・ジャッキーチェン」が「世界のアクションスター・ジャッキーチェン」になったターニング・ポイントというわけだ。…気がつくのが遅すぎるっつーの、アメリカ人よ。
メジャーになったらなったで、マイナー時代を懐かしむ声も多くあるのはどんなジャンルでも同じこと。それよりずっと前だって「カンフー映画」から「脱カンフーの現代アクション」に変貌したジャッキーに、「カンフー映画時代の方がよかった」と惜しむファンは多くいただろう。大雑把に言うと、ジャッキー映画は現代まで「カンフー映画時代」「現代活劇時代」「世界市場時代」の三段階進化を遂げている。この変遷に対する評価は人により様々だろうが、俳優として常に新しい境地を模索したいというジャッキーの基本理念は一貫している。移り変わりの激しい映画業界において、ひとつところに留まっていてはいけないのだということを、本能的にでもわかっているんだろう。
古くからのジャッキーファンにはハリウッドで作ったり、世界市場向けの作りをした映画に馴染めない人もいると思う。そーいうことにコダワリのないKが見ても、味付けがあっさりしすぎというか、ずいぶん気楽に見られるね…という印象がないでもない。
しかし一方、『レッド・ブロンクス』以降のジャッキーファンは『ラッシュ・アワー』シリーズなどがすごく好きなんじゃなかろうか。メジャーになったことにより、世界的にジャッキーファンは間違いなく増えただろうし、一時期低迷した彼の人気もこうした進化があってこそ、新たな局面に入ることができたんだとも言える。
もちろん、古くからのファンに対しても『酔拳2』や『香港国際警察』のような、往年の作品にリターンする作品を作るような気遣いも見せる。世界に数限りなく存在するファンの傾向を読み取ることは非常に困難だが、ジャッキーのこうした進化はそこそこの理解をもって受け入れられているように思う。(むろん、好みとしてどうしても好きになれない、というのはあるだろうが、少なくとも裏切られたという感情とは別物のはずだ)
で、この映画の話だが、題名どおりN.Y.が舞台で(撮影地はカナダだそうだが)、もう製作段階からアメリカだけをターゲットにしたようなお話。ジャッキー演じるクーンはわりと真面目な性格で、それほどお笑い要素はない。前半の20分ほどはケンカもなく、ただカンフーの型をしたり、逆立ちで腕立て伏せをしたりするシーンがあり、ジャッキーを知らない人に「なんかこいつは強そうだな」という気配だけ匂わせている。
叔父の店を買ったのはエレインという若い女性で、ジャッキーと何度か共演している女優さんが演じている。顔は可愛くないが、トボけた味があり、どちらかというとお笑い担当の芸達者さんだね。ジャッキーは叔父の代わりに彼女との売買契約をまとめたが、直後にお店に万引き常習の不良グループや、保護料を取り立てに来るチンピラなどがやってくるので、かる〜く撃退する。つまり、軽いカンフーを披露したわけだ。
しかしその後、不良たちがバイクで暴走してきて、夜道を歩くクーンに襲撃を仕掛ける。いつものごとく逃げ回るクーンだが、袋小路に追い詰められて集団リンチにあう。この映画は以前に何度か見たんだけど、とにかくこのリンチのシーンと最後のホバークラフト暴走が鮮明に記憶に残っている。いつもなら逃げ場がなくても壁を駆け上がって逃げていくジャッキーが、壁際に追い詰められ、ガラス瓶を次々に投げつけられるのだ。バットで瓶を打つ不良たち、壁に当たって弾けたガラス片がジャッキーの身体に突き刺さり、耳から額から、首から腕から血が流れていく。
こ、こんなひどいヤラレ方をするジャッキー、初めて見たよ。そこらへんが「やられてから復讐」というアメリカ映画パターンを踏襲しているところなのだろう。確かに、他のアメリカ映画などでこういうリンチシーンがあってもフツーに見てしまうのだけど、ジャッキーが血まみれで裏路地に倒れて動けなくなる姿なんて、初見はけっこうショッキングなシーンだった。
なんとか自力でアパートにたどり着いたクーンは、隣に住んでいる車椅子の少年、ダニーの姉であるナンシーに手当てを受ける。このナンシーが実は不良グループの一員なのだが、悪い子じゃないので、クーンと仲良くなるにつれて不良たちと距離を置くようになっていく。クーンは香港に恋人がいるといいながら、ナンシーとほのぼのいい関係。おーい、ジャッキー? 浮気してたらダメでしょー?(怒)ていうか、エレインとはどうなったんだ。
怪我をした翌日、クーンは再びエレインのお店を訪れた。また不良どもが暴れているので、今度は警察を呼ぶ。さすがに痛めつけられた翌日なので、ジャッキーも傷だらけで、彼らを相手にすることにちょっとひるんでいる様子が痛々しい。しかも、その後またこいつらがお礼参りに来て、バイクでジャッキーを追い掛け回すのだが、まだ痛む腕を押さえ、足を引きずりながら逃げ回るジャッキーにハラハラしどおしだ。超人ではないから怪我をして、それでも頑張るリアリティが新鮮といえば新鮮なんだけど、ジャッキーがそれやるとホントに痛そうで見てられないよー。
「ジャッキー、逃げてー!」って叫びたくなっちゃうよ。うーん、やっぱりいじめられっこキャラ(爆)。
そして、立体駐車場の屋上まで追い詰められて、隣のビルへぴょーんと飛び移る名シーン。いや、隣のビルはいいんだけど、わ、わざわざそんな狭い踊り場へ着地したんですかー!?
……恐ろしい男だジャッキー。あーびっくりした。
この暴走族連中、その後もエレインのお店を完全に破壊したりして、ホント腹が立つ。最後まで対立してのしちゃえばいいのに、この程度の小物相手に100分の映画を費やすのもつまらないと思ったのか、途中でもっとでかい敵が現れる。
エレインの店に対する非道ぶりにブチ切れたジャッキーが不良グループの溜まり場に単身乗り込んで、大乱闘。ここはいつも通りのお見事なアクションで、痛快に楽しめる。決着はあっさりついたが、ジャッキー映画らしく、不良たちと和解したような形になるのだった。……ええーっ? あんだけヒドイことされて許しちゃうのジャッキー!? なんていい人なんだ…;;(涙)
その直後、不良たちの仲間が殺されたという知らせが入る。不良の一人がたまたまダイヤをくすねたことから、ダイヤ密輸シンジケートが不良グループを捕らえるのだ。そのダイヤの隠し場所がダニー少年の車椅子だったりして、ジャッキーは今度は不良たちやナンシーを助けるため、ダイヤを手にしてシンジケートのボス、ホワイトタイガーと対決することになった。
…このシンジケートが、途中まではいかにも冷徹なプロって感じだったのに、ダイヤの取引に失敗して逃げ出すあたりから、いきなり頭の悪い「香港的悪役」になり下がる。波止場に逃げて観光客を蹴散らし、乗り込んで脅して出発させたのが、巨大ホバークラフト。…初めて見た時は「何、これ?」と思った。英国女王の持ち物だとかいう話を聞いた。そんなものに乗り込んで逃げようとすること自体、もう救いようもないほど頭が悪いんだけど。
このホバークラフトが海を疾走し、追いかけてきたジャッキーは後ろについていた縄にしがみついて靴のまま水上スキーをやる。すごい運動神経だなぁ、とただただ感心しきり。最後のNGシーンでホバークラフトに飛び乗った時、ジャッキーは足を骨折したらしい。ギプスで固めて車椅子に乗って撮影現場をウロウロしてるんだけど、それでもギプスの上に靴はいて演技していたよ。足、折ったままで水上スキーやってんですかね?
陸に上がったホバークラフトはまだまだ暴れる。ジャッキーは子供を助けようとして轢かれてしまう!……ホバークラフトに轢かれた人、初めて見ました(爆)。ていうか砂浜だったので、埋もれて平らになった砂地からモコッと湧き出てくるジャッキーに二度ビックリ。忍者かアンタ; この辺りも全然スタント使ってなくて、全部体当たりアクションしているところがすごい。あと、街中を走るホバークラフトにしがみつき、タンクローリーにぶつかって転げ落ちるシーンも、うまーく車の下に転がり込んで出てくるタイミングがスゴイ。語彙が足りなくて申し訳ないが、とにかく見て見て。凄いとしか言いようがないんだから。
で、ラストは仕返しとばかりに、敵の親玉、ホワイトタイガーをホバークラフトで踏んづける。下が砂地じゃなかったので、マフィアのボスは後ろの服をそっくり削ぎ落とされて哀れな姿になってしまいましたとさ。
……だとさ、じゃねぇよ。なんだそのコミカルすぎるラストは。今まで重厚なマフィアのボスを演じていたのに、どうしていきなりそのラストなんだ。
と、思うくらいにはラストのオチがぐだぐだなんだけど、それを除けばとても面白かった。もう少しテイストを一貫してくれれば黙って見られるんだけどね。前半の展開はかなりよかっただけに、この暴走族と一個人クーンとの抗争という視点のみで進めてもよかったんじゃないかな。お店の行く末も含めて話をきっちり作れば、ホバークラフトもいらなかったし、そんなに制作費もかからなかったんじゃないかと思うけど……
あるいはホバークラフトを登場させたいなら、もっと最初から荒唐無稽っぽさを明るいテイストで見せておく方がよかっただろう。とにかく、アメリカ進出をかけただけあって、アクションは迫力があって見ごたえ充分。しかし(いつものことながら)物語が前半と後半で別れてしまったような感じで、途中で宙に浮いてしまったのがもう一歩、惜しかったねぇ〜と思うのであった。
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『ナイスガイ』 (1997)
舞台はオーストラリア。ジャッキー(役名同じ)はテレビ番組で人気のコックさん。
麻薬組織マフィアのジャン・カルロのコカインをチンピラグループが盗み出し、カルロと取引をしているところを女性キャスターのダイアナとカメラマンがビデオにおさめる。その事に気付いたカルロの手下たちが、悪事の証拠となるビデオを奪おうと追いかけ、たまたまその場に居合わせたジャッキーがダイアナを助けたことにより、騒動に巻き込まれていく…という物語。
『レッドブロンクス』がアメリカでヒットした後、世界市場向けに作ったワールドプロジェクト第一弾、らしい。なので、香港製作だけど台詞は英語。思うんだけど、アメリカ人て訛った英語でも違和感はないのかね。たとえば外国の方が日本語の台詞で映画を作っても、日本人が見ると訛りにすごく違和感があってなかなか映画の世界に入り込めないだろう。(方言なら別だけど)日本人の感覚だと、その土地の言葉で作って、字幕で見た方が雰囲気があっていいと思うけど、英語圏の人は訛った英語に慣れているから、どんなに聞きづらい英語でも英語で作った映画の方がいいんかな。
まぁKは英語のヒアリング能力が皆無なので、香港俳優の英語発音の実力のほどは全くわからないが、ジャッキーが英語の台詞に四苦八苦しているのはこの頃からずっと続いているようだ(苦笑)。
ちなみにこの世界進出プロジェクトの第二弾がどの作品になるのかは…よくわからない(爆)。
この映画、今回のジャッキーブームはまりたての当初にレンタルしてきた一品だ。はまりたてだったので、面白くて何回も見直していたが、ジャッキーファンにはあまり評判がよろしくない様子。感想を探してみると、酷評を受けていることが多い。確かに話がまとまってないけど、個人的にはそんなに酷くはないんじゃないか…と思ってるけど…。
実はこれ、今回見るまでは『レッドブロンクス』(以下RBと略)と記憶がごっちゃになっていたんだが、後から考えてみると、共通点が幾つもある。というか、前作の多くを踏襲している。舞台はオーストラリアだが、最初にジャッキーがダイアナと遭遇したのが裏町のようなところで、ブロンクス地区にどことなく印象が似ている。ジャッキーはこの時、かなり強引な展開でダイアナの逃走に巻き込まれ、一緒になって逃げ回るのだ。コネタで、この時『RB』と同じアイスクリーム屋さんが登場している…やっぱり似てるよな;
ジャッキーは亡くなった父と同じ料理人という設定で、今回は刑事役として白人の友人が出てくる。生真面目な性格であまり活躍はしないが、ジャッキーのよき理解者だ。この友人の父親と、ジャッキーの亡くなった父親が友人同士だったらしく、おじさんはジャッキーの親代わりらしい。おじさんが「刑事は危ないから」とコックになるよう勧めて、ジャッキーはコックさんになったという説明がなされている。なんでただのコックがこんなに強いんだろうな〜(苦笑)
余談だが、ジャッキー自身の父もオーストラリアで大使館の料理人をしていた。この物語の主人公として「ジャッキー」の名を使い、父が料理人だったという自身の実の生い立ちをそのまま設定としているのが少し興味深い。――まぁ彼の映画の主人公は「ジャッキー」とか「チェン刑事」とか「ドラゴン」とか、安易につけた印象の名前が多いので、「設定考えるのめんどくさいから身近に知っている生い立ちを使っちゃえー」という中国人的おおらかすぎる感覚でもってこの設定にしたのか、オーストラリアという舞台なので、父の仕事の後を継いだ「あったかもしれない自分の別の人生」を映画の中で演じてみたいという思い入れがあったのか、Kには知るべくもないが。
でも、そう考えると題名『ナイスガイ』ってのも、ジャッキーチェン自身のことを言っているんだろうなぁとか、想像するのは楽しいからいいじゃーん( ^ ^ )
さて、最初にジャッキーの助けを借りて無事に家に逃げ帰ったダイアナは、大事な証拠のビデオテープがジャッキーの車の中にあったビデオと取り違えてたことに気付く。それで彼女もマフィア連中もジャッキーを追いかけてきて、ビデオを手にしようとするのだが、わけもわからず追われるジャッキーはいい迷惑だ。典型的な巻き込まれ型主人公だね。ちなみにそのビデオは友人の子供たちが勝手に持っていってしまっているので、ジャッキーも何処にあるのか知らず、「またビデオか!? 勝手に探せよ!」と叫ぶ破目になるのだった。
…さらに、そこへなぜかマフィアと対立していたチンピラグループもビデオを狙ってきて、ジャッキーの事務所を爆破したりする。滅茶苦茶やなぁ。ビデオがたくさんあるはずの事務所吹っ飛ばしてどうする;;
この事務所のあたりのシーンは、声優・石丸さんの演技がかなりお気に入り。(吹き替え版で見ていた)事務所に無断侵入していたダイアナに「滅茶苦茶じゃないか! 助けてやった礼がコレか!?」って言い方とか、屋上に逃げて鉄材の上を渡って隣のビルに移ろうとする時、それまで落ち着いていたラケイシャが鉄材の上で硬直し、「高所恐怖症だった!」と叫ぶと「なぜ先に言わないんだー!?」って叫ぶトコとか、ちょっと裏返った調子の声がすげー好き。石丸節とでも言うのかなv
ジャッキーには中国人GFのミキがいて、アシスタントで黒人のラケイシャにも好かれている。そこへ白人のダイアナも押しかけてきて、三人の女性がジャッキーの周りでちょろちょろと動き回り、なんかもうモテモテじゃん! こういうところもやはり『RB』とカブっているのだが、この手のネタで一番面白かったのは『プロジェクト・イーグル』だろうなぁ。三人の美女に振り回されるジャッキー( ^ ^ )。
一応、今回のジャッキーの本命はミキ。そのミキがチンピラグループに誘拐される。彼女が建築途中のビルに囚われていることを知ったジャッキーは、ダイアナたちと共にそのビルへ忍び込み、いつもの工事現場的アクションを見せまくる♪ しかし、そこにはマフィア軍団も駆けつけていて、捕らえられてカルロの屋敷へ連れて行かれるのだ。
(ここでチンピラグループが案外いい奴らになって、ジャッキーの味方っぽくなるのも『RB』譲り/笑)
妙に潔癖症なカルロだが、ものすごく嫌な奴なのでジャッキーをいじめまくる。手下にジャッキーの両手足を縛ったロープを持たせて、ジャッキーを自由に動けないようにして安全圏にいながら彼を殴りつける。ううー、ジャッキー可哀想! 頑張れ! やっつけろ! と思ってたら、ジャッキーがカルロを殴ったのですっとしたぜ。(その後ぶん殴られて気絶してますが…/涙)
カルロはジャッキーを工事現場のようなところに連れて行って殺そうとする。しかしジャッキーが反撃を開始し、なんかすごく大きな車に踏み潰されそうになったりと危機一髪を乗り越える。この車、どういう代物なのかよくわかんないけどものすごく巨大で、車とか平気で踏み潰してタイヤもパンクもしないし、警笛を鳴らすとガラスが破裂するほどの衝撃があるし、新手の戦車みたいだ。オーストラリアにはすごい乗り物が存在するなぁ。この車を奪取するべく、大きなタイヤによじ登っていくジャッキーが小人のようにすら見える。このNGシーンがエンディングで流れていたが、車の下から這い出してタイヤによじ登って運転席まで到達する、ここまでをワンカットで撮るのってすごいなぁ…と感心してしまう。
奪還した車でカルロの屋敷に正面から突入! 屋敷は見事にぶっ壊れました…って、それでカルロを踏み潰しておしまいか!? ジャッキー、カルロは20発くらいはぶん殴っていいと思うんだよ。屋敷の壊れ方とか爆破させているみたいで、「オイオイ」って思ってしまったけど。
この巨大戦車のようなもので暴れまくるというのも、最後にラスボスを倒すところがやけにあっさりしすぎているのも、『RB』の悪いところまできっちりと受け継いでいる『ナイスガイ』。監督はサモ・ハン・キンポーだよな? どうしてこんなに似ているんだろう。脚本家が同じなのか、サモ・ハンが「ワールドプロジェクト第一弾だから」慎重になって同じ流れのものにしたのかよくわからないけど、少なくとも『RB』の方が物語性もしっかりしているし、スケールが大きいので、こっちの作品を後から見ると肩透かしを食らうかもしれない。Kは今回、『RB』の前にこの作品を見たのでそれほど違和感がなかったけど。
アクションは凄いですよ。お腹いっぱいです。冒頭の逃亡シーンに始まり、テレビ局でのドタバタ、馬車での追いかけっこ(一体何人のマフィアが馬車に乗ったんだ、と思うくらい馬車から蹴り落とされていく…)、車に連れ込まれても格闘をしているし。この車の中でジャッキーの髪の毛にやけに触ってくるチンピラがいたが、これはゲイなのか?(爆) サモ・ハンもちょこっと出演して、ペプシコーラを盛大に巻き散らかしてくれる。あのね、このコーラをかぶった服のままでウロウロしているから、きれい好きのカルロは屋敷に連れて来たジャッキーをソファに座らせたくなかったんじゃないだろうか…とKはひそかに思っているんだよ(笑)。
ホントにさ、Kは普段、映画の登場人物の服装なんか全然気にしないタイプだけど、この映画のファッションセンスはヒドイよ? ジャッキーは『デッドヒート』でツナギを着てる程度で充分カッコイイのに、どうなんだこの服は。ダイアナが下着姿で町を逃亡するシーンなんて、「白の下着って……エロくていいと思うべきなんだろうか?」と真顔で考えてしまったよ。(映画的に、ということです) いつか機会があれば、男性諸君に聞いてみたいもんである(爆)。
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『フーアムアイ/我是誰』 (1997)
久し振りにジャッキー自らが監督となって作った作品。『プロジェクト・イーグル』(1990)以来、監督業はお休みしていたらしい。今回はベニー・チャンと共同監督という名目だが、今までの作品でもなんだかんだとけっこう監督に意見を言って、好きなように作っていたんじゃないかという話もある。…まぁ、作品を見る限りではあながち否定できないところでもあるよなぁ(笑)。
この 『WHO AM I?』 は 『ラッシュアワー』 の後で公開されているが、本当は『ラッシュアワー』撮影前に作り終えていたもので、ハリウッド映画出演前のジャッキー映画として、ある意味集大成ともいえる出来上がりだ。ストーリーに破綻の多い彼の映画にしてはかなりよくまとまっていて、物語の核の部分がブレていないというだけでジャッキー映画は格段に面白く見られるという、いい見本(笑)。久々、本格的なジャッキー映画を見た!って見終わった後は大興奮だ。ジャッキー映画は時々、「うわっ!」と声に出してビックリすることがあるんだけど、本作はまさにそんな感じ。もう『ラッシュアワー』程度で面白いとかほざいててゴメンナサイと、思わず謝っておきたくなるくらいフルスロットルなアクション満載の映画である。
まずは冒頭、隕石発掘の現場から大爆発。そして密林地帯を武装ヘリコプタが飛び回り、傭兵軍団がヘリから飛び降りてきたりと、香港映画とは思えないほどスケールの大きなオープニングで始まる。しばらく何の映画を見始めたのか忘れて画面の展開を追いかけていて、我に返って「コレ、アメリカ映画だっけ?」と思ってしまった。
南アフリカのジャングルで、科学者を乗せた車が拉致される。これを実行する部隊の一員がジャッキーで、彼の所属していた部隊はその後全員消息を絶つ。一方、アメリカ空軍やCIAの上層部でこの事件について会議が持たれ、科学者と謎の隕石の行方を追って調査に乗り出す…といった展開だ。
ジャッキーはジャングルで大怪我を負っていたところを原住民の部族に助けられている。しかしこれまでの記憶をすべて失っており、周りにいる人々の言葉もわからず途方に暮れ、「フーアムアイ(俺は誰だ)?」と呟き、それがそのまま彼の呼び名となる。この物語は記憶喪失となった「フーアムアイ」の、自分探しの物語である。
題材はサスペンス調ではあるが、実はそれほど謎解きの要素はない。南アフリカで見つかった隕石が莫大なエネルギーを生み出す鉱石で、それを調べていた3名の科学者が隕石ごと誘拐される。実行犯はCIAの南アフリカ担当エージェントのモーガンが指揮した特殊工作員の一部隊。モーガンは退役軍人と結託し、隕石を奪って武器商人に売ることを計画していたのだ。任務遂行後、特殊工作員たちの口を封じるために全員抹殺を企てたが、「フーアムアイ」が生きていることを知り、再び刺客を差し向ける……という設定がわりと早い段階で明かされる。ジャッキーが失った記憶自体に重要な秘密はなく、ただモーガンがCIAの特権を濫用して特殊工作員たちを私兵として動かしたため、その生きた証拠となる「フーアムアイ」の命を狙っているということになる。一方で南アフリカの国家安全局も科学者誘拐、隕石(殺人兵器と推測)の捜査をしていて、事件の真相を知る「フーアムアイ」を追ってくるのだ。
こうしたおおよその説明は物語の中で次第に語られていき、「フーアムアイ」も自分が記憶を失うきっかけをおぼろげながら思い出していく。ただ、最終的な敵が誰かということを、観客である我々は知っているが、彼は知らないままなので、そこがスリリングな要素にもなっているのである(こういう手法を「机の下に導火線」サスペンスと呼ぶ ^ ^ )。
120分と珍しく長編のこの映画、物語の舞台としては3つに分けられる。最初はアフリカの大地での壮大なゲリラ戦に始まる、「フーアムアイ」とアフリカ原住民たちとのやりとり。次に南アフリカの文明社会に戻った彼が巻き込まれていくミステリとアクション、最後が敵の本拠地、オランダのアムステルダムでの攻防、といった具合だ。特に最初の原住民に助けられて彼らと共に暮らすという場面は、それほど長くはないが、淡々として思いきったアクションもないので、やや冗長な印象があり、この部分を「つまらない」と感じる人は多いようだ。
確かにこの原住民との触れ合いは全体の流れから言って異質というか、不思議な部分なのだが、決して不要な場面ではなく、物語の核として重要なんだと思う。明確な形ではないのでわかりにくいが、メッセージ性が強いというか、ジャッキーがある種の思い入れを持って作ったシーンだという気はする。
記憶を失った「フーアムアイ」、部族の人々は何故だか彼を親切に看病して、仲間として扱ってくれている。だけど言葉も通じず、身体も満足に動かせず、何より自分が誰かわからないまま、「フーアムアイ」は多分、空っぽの自分を抱えてずっと途方に暮れていた。ここにあるのは強烈な孤独感だろう。
異質な文化に放り込まれ、そこに馴染むことも、また拒絶するほどのアイデンティティも失っている彼の孤独は、この前半で強く押し出されている。ようやく元の世界に帰ってからは追い掛け回されたり、途切れた記憶をたどることに主点が移行するが、結局彼が取り戻したいのは自分の記憶だけだ。――失ったアイデンティティの回復。映画全体を通して彼が「見えない敵」に立ち向かっていく「動機」は一貫しており、それがこの原住民との日々の中でしっかりと描かれている。この場面がなかったら、彼が世界に向かって「フーアムアイ?」と叫ぶ葛藤も理解することができないだろう。
で、この状況は当時のジャッキー自身にも共通しているのかもしれない。アメリカという怪物との出会い、無理解や葛藤、言葉の壁。原住民たちの言葉をごく片言しか話さなかった「フーアムアイ」だが、そういう演出により、人間同士の触れ合いには言葉なんかなくても伝わるものがある、と語っているようだ。全編英語の台詞で製作しておきながら、「英語なんて必要ない!」という気概もどこかに感じさせる。見失ってはならないものを見失うまいと。アメリカに認められたら認められたで、ジャッキーには葛藤もあったのかもね、なんて思ったりするのだった。
一方で、アフリカ原住民に対する畏敬の念も感じられるだろう。彼らの踊りが「よさこいソーラン節」の踊りの振り付けに見えて仕方ないんだけど(笑)、地にしっかりと素足をつけて踊る原始的な踊りの力強さとか、原点に帰ることの重要性だとか、そういうのも表現したかったんではなかろうか…と、これまた勝手に思ってみるのだった。
原住民との暮らしは20分かそこらで、言葉の遣り取りもほとんどないが、そこそこテンポよくまとめていると思う。実はサイと闘うシーンも撮影してジャッキーが怪我をしたという話も聞いたが、カメラにフィルムが入っていなくてうまく撮れなかったらしい…素人レベルのミスだろう!(爆) しかしそれが撮影されていたら、ここのシーンはも少し長くなって、全体のバランスも変わっていたのかもしれない。
さて、ようやく傷の癒えた「フーアムアイ」は砂漠を横断するラリーレースを見つけ、文明社会に戻る決意をする。ここで出会ったのが日本人のユキ(山本未来)と、蛇に咬まれたその兄。兄を助けようと薬草を口に含んだ「フーアムアイ」は舌が痺れて、せっかく言葉の通じる人と会ったのにやっぱり話せない(笑)。この辺から物語が動き始め、いつものジャッキー映画らしいコミカルさも出てくる。ちなみにこのラリーレース、何のレースか知らないが、三菱パジェロが疾走していくシーンが、10年近くパジェロミニを愛車にしている身としてはちょっと嬉しい( ^ ^ )。カメラワークもきれいで、アフリカの大地を壮大なスケールで撮影してて好き。
文明社会に戻った「フーアムアイ」を発見し、CIAのモーガンはもう一度彼を殺そうと手を回す。少し話が飛ぶが、モーガンに命じられて「フーアムアイ」をホテルで待ち構えていた男たち、殺し屋なのかCIAなのかわからないが、リーダー格の男がけっこう渋くて頭のよさそうな人だったのに、それ以降出てこなかったのが惜しい。一方で「フーアムアイ」は科学者拉致事件に関わった特殊工作員として、南アフリカの国家安全局(CIAみたいなものか?)からも指名手配されていた。自分の名を知るためにのこのこ警察にやってきた「フーアムアイ」はスパイ容疑で捕まり、尋問のために拷問されそうになる。記憶がないんだっちゅーの(笑)。この時にジャッキーが見せた逃亡手段はあっと驚くアイディアで、思いつくのも凄ければやっちゃうのも凄すぎるよ! 素直に縄を下に垂らして滑り降りればいいだろ!(爆)
……いやぁ、この映画で一番ビックリした場面でしたよ。これだからジャッキーが好き!
ようやく逃げ出してホテルに戻ったら戻ったで、モーガンの追っ手に追われてホテルの屋根などを逃げ回り、美女二人を乗せて車で街中を走り回る。や、「フーアムアイ」は運転していないんだけど、ユキがハンドルを握ってからはすごかったよ。この時もあっと驚くカースタントをやらかしてくれる。でも、あんなことをしたら絶対車体に傷がついているはずなのに、ピカピカの車のままだっていうのがツメが甘い!(笑)。傷はド派手につけておいて欲しかったな〜。
ユキの出番はここまでだが、もう一人の美女、クリスティーンが引き続き「フーアムアイ」に協力して、彼がジャングルの遺体から拾ってきたパスポートやマッチの暗号を解き、事件の真相がオランダのアムステルダムにある会社に隠されていると推測する。このクリス、20歳そこそこといった可愛らしい顔立ちで、ミニスカート姿などがキュート。ラストに見事な回し蹴りを披露してくれるが、これは本人が演じているのだろうか。頑張ってじーと見たけどよくわからなかった。一方のユキは色気があまりなくて、日本人とは思えないハイテンション娘でしたなぁ…(笑)。
ところがアムステルダムでその会社を見張っているうち、「フーアムアイ」はクリスが盗聴をしていたり、カメラに見立てた銃を隠し持っていることを知り、彼女が敵だと思いこむ。さらにCIAだから味方だと信じていたモーガンに対しても疑念が持ち上がり、孤立無援の状態になりながら、独りこの会社に潜入を試みるのだ。
敵ボスの一人、シャーマン将軍はほとんど太鼓持ちで、敵として物足りないほど頭が悪い。彼と一緒に「フーアムアイ」にやられる武器商人も間抜けっぽいのが残念。もうちょっと頭の切れる冷徹なボスとして、三人で君臨していればなおよかったんだけど、そこはモーガンが頑張ってくれている。「お前も敵だな」と銃を突きつける「フーアムアイ」に「潜入捜査だ」と切り返し、彼の疑惑を次々に論理的に説明していくモーガンの、冴えた頭脳が小憎らしくていい。「フーアムアイ」はモーガンを疑うべきなのか信じるべきなのかわからなくなり、迷いながらも銃を降ろしてしまう。
もうここの展開が、めっちゃ緊迫感があってドキドキする。「ジャッキー、信じちゃダメだ!」という観客の声は届かないので、「フーアムアイ」はデータの入ったディスクも銃もモーガンに渡してしまう。そこからの逆転が、とにかくカッコイイんだ。何より、銃の扱い方がアメリカ映画とかと全然違うのが新鮮。こういう形で銃を無効化してしまうのを初めて見た。実を言うと、『ラッシュアワー』でジャッキー演じるリーが片手で銃をばらしてしまう場面を見て、スゴイなぁと思っていたのだが、何のことはない、それより前にこの作品でジャッキーは、驚くような銃の解体をしてみせているのだ。モーガンに銃を渡す時の所作もさりげないのにキマッテる。かっこいいよぅ!!
そしてラストバトル、屋上に逃げた「フーアムアイ」に二人の格闘家が襲いかかる。延々と続くこの闘い、とにかく見もの。最初は一人ずつだったんだけど、そのうち二人がかりで「フーアムアイ」を追い詰めていくのだが、それが一人ずつ順番に攻撃をするんじゃなくて、二人がほとんど同時に攻撃を仕掛けている。「フーアムアイ」は本当の意味で二人を同時に相手していて、殴られて倒れながら反対側の相手の足をすくったりと、実にめまぐるしく息詰まる闘いを繰り広げるのだ。うわぁ…格闘シーンの殺陣もここまで進化したか…
チャンバラ殺陣の時代から、多勢対一人の格闘シーンは一人ずつ襲いかかるのがお約束だったけど、もうそんな殺陣の時代はとっくに過ぎ去っているようだ。スゴすぎます、ジャッキー…( ^ ^;)
そんでもってついには屋上から傾斜している窓を滑り落ちるというとんでもないシーンまであり、最後までこちらを驚かせ続けてくれる。落ちてる時より、一番端っこまで降りてから勢いあまってさらに下まで落ちそうになった時の方が怖かったけど;
そこから一気にラストまではなんだかよくわからない展開で、モーガン一人を追いかけるのにそんな大掛かりな軍隊が出動する意味があったのか? と思わなくもないけど…まぁ、オランダ政府がジャッキーの撮影に協力したいということらしいので、いいことにしておこうか…;
さらに残念なのは、モーガンを捕らえてしまうと後はすべてが大団円というのも困ったものだ。「フーアムアイ」、晴れ晴れした顔をしてるけど、あんたまだ記憶戻ってないでしょ。ついでに記憶のない人がどうして「俺のモットー」を語り始めるんだ…
と、大詰めのラスト五分がまたまた個人的に「残念」な締めくくり方ではあるんだけど、まぁそこは目をつぶっておける程度の話だ。全体的にはよくできていたし、ありとあらゆる種類のアクションが詰め込まれているのがすごい。カーアクションも、木靴などを使ったジャッキー特有の地域性豊かなコミカルアクションも、建物からの脱出も、素手でのカンフーアクションも、落下ネタも、とにかくぜーんぶ入っていて、なおかつ物語とうまく絡んでいる。しかもこれらのアイディアがとても斬新だ。Kはマニアではないが、アメリカのアクション映画とか結構好きだからわりと見ている方だと思うけど、「どこかで見たことがある」ようなアクションネタは結構多い。そんな中で、やはりジャッキー映画は違うと心底思った。見たことのない新しいアクションを魅せてくれる。これはかなりの傑作と言って間違いないだろう。
…でもアメリカ人が見るとアクションが長すぎるのかな。うーん、よくわかんないけど。
ちなみにジャッキーは――「フーアムアイ」の本名はジャッキーチェン(役名)だ(笑)――約束どおり、その後ちゃんとアフリカに戻って原住民の部族の人々に会いに行ったというエピソードが、エンディングの中でちょっと語られている。主題歌も何語の歌かよくわかんないけど、耳に残る歌で結構好きだな。
そういうわけで 『WHO AM I?』 はこの前後の数年の作品の中ではかなり秀逸だと思うし、ジャッキーファンにも人気が高いようだ。見るならコレ、オススメ度高いですよ( ^ ^ )v!
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『アクシデンタル・スパイ』 (2001)
【あらすじ】
健康器具販売店に勤めるユエン(ジャッキー)は天涯孤独の身の上だったが、ある日、父親かもしれない男と会うことになる。スパイ活動をしていたその男は韓国に亡命した後、末期癌で死の床にあった。男はユエンにゲームを持ちかけ、勝てば遺産を譲ると約束して息を引き取った。
男の死後、渡されたヒントを手がかりにユエンはイスタンブールに飛び、遺産を手にすることに成功。しかし、謎の男たちがユエンを襲い、死んだスパイから預かったものを渡せと執拗に追ってくるようになった。男が新しい細菌兵器のブローカーだったことを知ったユエンは、それを追うCIAや闇組織の攻防に巻き込まれていく。
この映画、2001年とわりと新しいし、テレビで見たことはあるはずだけど、なぜかあまり記憶にない。普通、見たもの読んだものは細かいストーリーは忘れても、「面白かった」「あんまり面白くなかった」という印象だけが残るものだが、そういう印象が全然残っていないのが自分でも不思議な感じだ。
見直してみると、ラストのアクションとかそこそこ面白かったんだけど、なんというのか…うーん、全体的にとてもチグハグした印象があって、話が分裂したようなカンジなんだよな。だから記憶もばらばらにほどけてしまったのかもしれない。
多分、監督が作る世界観とジャッキー特有のテンションがうまく融合できていないのだ。ひとつの映画の中で真面目なシーンと笑えるシーンが交互に来るのは別におかしなことじゃないが、この映画の場合、シリアスな場面の展開と、コメディーアクションの展開との落差が大きすぎて、別々の映画を同時に見ているような錯覚を覚える。どっちの雰囲気も悪くないだけに、ちょっともったいない気分になってしまうんだな。
まず香港でジャッキー登場。ビデオのパッケージとかレビューのあらすじだと役柄の名前は「バック」なんだけど、吹き替え(ビデオ)ではすべて「ユエン」と呼ばれていた。フルネームがユエン・バックなのかな。いや、バックって英語名っぽいからバック・ユエンかな?
トレーニング機器を買いにきたお客に、ジャッキーは張り切って使い方を説明しながら自分でやってみせる。でも普通のトレーニングを見せてあげないので、曲芸を披露してたんじゃ健康器具は売れません(笑)。営業マンとしてはダメ人間な日々だが、たまたま銀行強盗に遭遇して彼らが盗んだお金を取り返したため、ジャッキーは一躍、ヒーローとして新聞やテレビで騒がれることになる。
――この冒頭はいつものジャッキー映画のノリ。ちょっとドジでお調子者のカンフー使いが、銀行強盗からお金を取り返して軽快に逃げ回るという展開だ。少し毛色が違うところとして、この時、ジャッキーには特殊な予知能力に似たものがあるという設定が出てくる。が、この設定はここだけで、その後まったく出てこない。全体に謎ときの多いミステリ仕立てな物語なのだけど、別に予知能力が必要なわけではなく、ただ観察力や記憶力が鋭い、という程度の設定で十分だろう。せっかくジャッキーに予知能力という興味深い題材なのに! 予知能力があるゆえに事件に巻き込まれて、予知能力を活用して解決していくような物語を見てみたかった。しごく残念である。
で、有名になったジャッキーを私立探偵が訪ねてきて、ある年に生まれた親のわからない孤児を何人か探しているという。死にかけた男が自分の遺産を残したいと、捨てた自分の息子を探しているらしいのだ。
出生の秘密を知りたいと思うのは大人になっても同じことだろう。ジャッキーは父親かもしれない男に会うため、ソウルへと飛ぶ。陸軍病院に入院している男はすでに末期症状で、あと数日ももたないだろうと医者は言った。父親なのかどうかは結局、確信がもてない。
ジャッキー演じるユエンがこのあたりでどういう感情を抱いていたのかは描写がないため、よくわからない。画面に動きがなくなった途端、物語は急に重苦しいムードになり、光と影を使ったカメラワークが淡々と映っていくだけなので、登場人物の心理が図れなくなるのだ。多分、こっちのテンションがこの映画の監督の本来の持ち味なのだと思われる。
ちなみに、この年に香港の施設に預けられた捨て子は何十人もいると思われるので、なぜジャッキーが選ばれてこの男と会うことになったのか、見てる方としては話がよくわからなくなる。物語の流れとしてはちょっと無理がある展開かも。見終わった後で総合的に考えると、男は自分がトルコに残した細菌兵器の回収のため、何人かの「息子」候補者から一人を選び、遺産を残すと同時にその任務も自然に果たすように仕向けたかった…ということになるのだろうが、今、自分で書いてても動機とか成功率の点で、やっぱり不自然な気がするなぁ。
この病院で暴漢たちが寝たきりの男を襲いに来て、ジャッキーが撃退する。やたら画面が暗いままなのに、闘いのシーンとなるとやっぱりコメディっぽくて、心肺停止の時の電気ショックの機器を持って、お互い電気ショックでビリビリしていたり…(苦笑)。
そんなジャッキーが気に入ったのか、死にかけた男は彼にゲームを約束し、遺産の一部と鍵を残して死ぬ。ここからはシリアスな雰囲気のまま、話はミステリっぽくなり、ジャッキーが鋭い洞察力で少しずつ謎を解いていくところが面白い。ホテルのベッドの上でパソコンや携帯電話とにらめっこしながら謎解きしているジャッキーって、新鮮でかっこいいv 話もテンポよく、イスタンブール銀行の貸し金庫を探し当てて大金を手にするのだ。
しかし、遺産を見つけてめでたしでは終わらなかった。突然、謎の男たちに追われて逃げ回ることになる。ここでもトルコ風呂でくつろいでいたところを襲われたジャッキー、素っ裸でイスタンブールの街中を走り回り、まさにいつものジャッキーアクションを見せてくれる。お尻丸出しで、いろんなもので前を隠すんだけど、次々に取られてしまってジャッキー大ピンチ!(笑) もうほんとに大笑いしてしまった。一番面白かったのは白人女性がジャッキーの○○を見て「OH!」と叫ぶシーン(爆)。現在はかなり緩くなっているとはいえ、イスラム教徒の国トルコで、よくこんな撮影ができたものだ。
(――この場面もやっぱり、非常に面白いのに、その前後のシリアスな展開からえらく浮いてしまっている)
男たちはジャッキーに何かを渡せというのだが、ジャッキーには何のことか心当たりがない。さらに、トルコ人たちにも捕らえられてリンチを受けたりして、結構ハードな展開になってくる。そうしているうちに、カルメンという女性により、ソウルで死んだ男がスパイだったこと、彼が新型細菌を悪の組織の親玉ゼンに売ろうとして思いとどまり、韓国に亡命したこと、その細菌兵器が今も行方不明であることなどを聞かされる。
…あの、私、スパイ業界には詳しくないですけど、完全フリーのスパイっているんですかね。どこの組織に属した諜報部員だったのか、どこを裏切って亡命する必要があったのか、その亡命先でなぜ細菌のありかを隠したままだったのか、などがよくわからないんですが…
まぁともかく。前後してジャッキーはヨン(ビビアン・スー)という美少女と出会う。ゼンの保護を受けている女の子で、この子をゼンの元から引き離そうと奮闘する。ようやくスパイが残した手がかりから、細菌カプセルの入ったカバンを見つけ出し、ヨンと交換することができた。しかし、自由になったのもつかの間、ゼンにより麻薬中毒にされてしまっていたヨンは、はかなく命尽きたのだった。
ジャッキー映画にしてはとても悲しい話だ。重さでいうなら「新ポリスストーリー」に匹敵するほどだと思うし、むしろその雰囲気で統一していればよかったのに、とも思う。はっきり言えば、冒頭の銀行強盗シーンも裸でイスタンブールを駆け回る場面も、全体のバランスからいえばない方がいいんだけど、ジャッキーファンとしては「これぞジャッキー」な面白いアクションシーンをストーリー上不要だから、と切り捨てるのが忍びない。逆にそのシーンこそ一番の見せ場だろうと。だったら物語全体の雰囲気をこっちのコメディモードに合わせるべきだっただろうと言われたら、まったくその通りと頭を下げるしかない。
もっともこれはカンフー映画の特性というか、実際にストーリー担当とアクション担当の監督が別々にいるらしいので、仕方ないのかもしれない。「武術指導」という役割は単なるカンフーシーンの振り付けをするだけではないようで、アクションシーンではメガホン持って監督のようなことをするのだという話を聞いた。ということは、その場面全体の雰囲気とかもその武術指導家のカラーが出るわけだろうから、ストーリー担当の本来の監督と、アクションシーン担当の監督のテンションがあんまりにもずれてしまうと、この映画のようなシリアスモードとコメディモードがバラバラな現象が起こってしまう可能性は充分ある。
さらにラストアクションは長丁場なんだけど、これがまたどっちつかずなテンションで、「スピード」などのアメリカのカーアクションに準ずるものとなっている。迫力はあって手に汗握って楽しめちゃうんだけど、よく考えると(考えなくても)、それまでの話の展開があまり意味がなかったんじゃないだろうか…。
大体、ゼンという悪の親玉は全然カンフーが使えなかったらしい。ジャッキーとほとんど戦わず、火達磨になって車から転がり落ちて退場(爆)。そこからラスボス不在で、お尻に火がついたタンクローリーからいかに運転手家族を脱出させるか、という課題にすり替わっている。いや、「アクシデンタル・スパイ」が題名なので、次々に起こるアクシデントに対応していくという点では別にいいんだけどね。
片言英語なトルコ人運転手とのやり取り、カルメンとのやり取りなど、テンポよく楽しめる。カルメン、結構美人でお気に入り。んー、やっぱり結構コミカルなテンポのアクションシーンだから、ジャッキーアクション側のモードと考えた方がいいかな。
結局のところ、映画全体はおおよそシリアスで重い描写なのに、ところどころに挿入されるジャッキーならではの軽快なシーン、そしてラストの爽快なアクションの描写との乖離が大きすぎたんだね。どっちのモードも面白かっただけに、なんか一度に二つの映画を見たような気分で、見終わった後はどっと疲れてしまった、と……こういうところで締めくくりたいんですが、どうでしょうね。(聞くなって)